第5話 変身
亡くなった。その言葉が耳のなかで鈍く響いた。
ここしばらく、病気のために入院していた母は、その病から昏睡状態にあったらしい。
その昏睡状態が始まった時間帯について父に聞くと、その日程は僕が「虫」に遭遇した時と一致した。
ある考えがよぎった。この「虫」が母なのだとしいたら... それも、昏睡状態の母なのだとしたら、母が死んだ今でも、「虫」は生きているだろうか。
「虫」は数日前に僕を打ってから姿を消していた。携帯も何もないので、連絡の取りようもない。
どこに「虫」が行ったか、見当もつかない。とにかく近隣を探し回ったが、時間の無駄のような気がした。完全に手詰まりだった。
不可解なことが多すぎる。なぜ、死にかけた母は「虫」になったのか。そしてなぜ、何年も前に自分が捨てた僕の前に現れたのか。
「虫」がどこにいるか分からなくても、母が入院前まで住んでいた場所なら分かる。今まで、なんとしても避けたかったことをしなくてはならない。
母の家、つまり、母が新しい家庭を築いた場所、僕の知らない母がいた場所を訪れるのだ。残された道はこれしかなかった。
時折母と連絡をとっていた妹は母の住所を知っていて、僕は彼女に再び連絡し、聞いてみることにした。呼び出し音がしばらく鳴り、そしてようやく妹が電話口に出た。
その声は先ほどよりも暗く、澱んでいた。「父さんから聞いた?」そう訊ねる彼女に僕は、ただ冷淡に、「聞いた。」と答えた。
その電話ののち、母の葬儀が行われる予定の名古屋へと向かうことになった。
虫 ゆぅ。 @Yu-morishi
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