第30話 露出が増えると言うこと

「まあファンが増える分、変な子も増えちゃうのだけど……」


「変な子、ですか」

「これまであまり観劇に縁がなかった層が、舞台に来るのは嬉しいのだけど、やっぱりマナーがわかってないでしょう。あと推し方とかも、別の界隈のノリ? テンション? を持ってこられると、私みたいなおばさんは引いちゃってね」


 「あー」と、声を上げつつ、辰巳は凪結を思い浮かべていた。


 アニメ作品が原作の舞台など、若い子が多い現場で見ることは見るが、凪結ほどパワフルで、大勢の少女を従えているファンは初めてだった。あの一団が劇場エントランスにいるところを想像する。うるさそうだ。


 千佳子は困ったように眉を下げる。


「詰介さんも上のショップに行ったのよね。ろくちーさんから聞いたわ。だから何となくわかるかも」

「はい、凪結さんという方とお話ししました」


 あからさまに眉根を寄せ、千佳子は不快感を露わにする。


「あの子ね。颯大にも嫌われてましたよ。コロナ禍で出待ち禁止になってるのに、楽屋口でたむろして待っているから、颯大が劇場の表側から帰って……本当に迷惑しかかけてなくて」


「そうなんですか」


「颯大に彼女がいたら許さない、殺してやるとか息まいてたりね」


 穏やかじゃないなと思いつつ、辰巳は苦笑する。千佳子は「そうそう」と言って手を合わせた。


「詰介さんが作られた颯大のぬいぐるみを、ショップの献花台から持って行ったのはあの方たちらしいですよ。他にも花とかアクスタとかも持って行ったらしいです。それを颯大が自殺した現場で燃やしたとか」


 辰巳は眉を上げた。警備員に聞いた話が、ここで繋がるとは。

 と、同時に、千佳子もこの話を把握していたことに驚いた。


 コラボショップに何度も足を運んでいる彼女は、きっと自殺現場にも『巡礼』しているのだろう。それを考えれば、不思議でもない。だが、普通でもない。


 縁治と自分が颯大の自殺現場に行ったことも、千佳子は知っているのだろうか。辰巳はわずかに不安を覚えたが、今は聞かないでおくことにした。


 千佳子は憎々しげに言う。


「颯大はお芝居に集中したいのに、どうしてもああいう女が集まってきちゃうんですよね。かっこいいし、優しいから。ファンだけじゃなくて、共演者や同じ事務所からのアプローチも多いらしくて」


「困りますね」


「勝手に趣味を寄せて、ランニングに一緒に行きましょうとか言う女もいたんです」


 ため息をつき、カフェラテのストローを口に入れる千佳子の表情から、辰巳は目が離せなくなった。


 眉間にしわが深く刻まれ、瞳には憤怒が燃えている。前歯を強くあわせているせいで、紙ストローは見る間に千切れていった。


 紙ナプキンで口を押さえ、千佳子はストローの破片を吐き出す。そのまま怨嗟をどろりと口からこぼした。


「本当に……許せないですよ」


 辰巳はその怒りを受け止めきれず、コーヒーの水面に目を落とすことしか出来なかった。

 慌てて千佳子は笑顔を浮かべ、手を振った。


「まあでも、推しの恋愛も絶対ダメってわけじゃないですよ? 私はガチ恋じゃなくて、役者としての颯大を好きなので」

「あ、はい」


 急にテンションが変わった千佳子に、辰巳は面食らう。彼女はわざとらしく明るい声で語った。


「若い頃の恋愛は芸の糧になるって言うしね! ドッキュンジャーの頃にももなちゃんもお付き合いしてたらしいんですけど、まだ若いですし、お互い右も左もわからない中で助け合ってるわけだから、恋愛に発展するのもしょうがないじゃないですか」


 颯大とももなのつきあいは、縁治も言っていたから事実だろう。千佳子の情報網に、辰巳は改めて震え上がった。

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推殺。 小野村寅太 @torata_DT

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