第29話 オタトーク
「颯大を推して三年って話でしたよね。一番はじめに見たのって何でした?」
ファンから見た颯大について調べたいと、縁治から言われていたからでなく、純粋に、千佳子の推しの話が聞きたいと思い、辰巳は問いかける。
「舞台『異端と邪説』でしたね」
千佳子は大切な宝物を、そうっと取り出すかのように、ゆっくりと颯大について語り始めた。
彼女が颯大を推し始めたのは三年前だった。
当時、推していた役者が急に引退してしまい、舞台を見る気力をなくしていたという。たまたまテレビで宣伝していた舞台『異端と邪説』を見に行き、出会ったのが颯大だった。
「あれはテレビ局主催の、若手俳優がいっぱい集められた舞台だったんですよ。多分翌年に再演されたとき、縁治くんも出てなかったかしら」
「出てましたね、イタジャ。伝奇ファンタジー時代劇って感じで、殺陣が沢山見られて楽しかったです」
「でも脚本があんまりよくなかったでしょう」
端的に批評する千佳子に、辰巳は吹き出してしまう。
実際あの作品は派手で殺陣も多かったが、脚本の端々につっこみどころが多かった。世界の命運をかけた宗教と人々の対立がテーマだったが、出演者が多いこともあり、心情が描き切れていず、ほとんど消化不良のまま強引に全員死んで結末を迎える。
視線をあげ、千佳子は力説する。
「そんな中で、殺陣にも全力で、自分のキャラクターにも真摯に寄り添って演技をしてる颯大は、本当に格好良かったのよ! 彼のキャラが死ぬとき泣いて、それでもう『この人が見たい! 推す!』って心に決めたの」
彼女の目には力と光があり、颯大を推す意志に満ちあふれていた。
「せりふとせりふの間を解釈と演技でしっかりつないでてね、なるほどそういう理由で最後に死ぬ選択をしたんだ、って、ちゃんと納得できたのよね」
「わかります。颯大と縁治は同じキャラだったんですよ。村の敵討ちを誓って戦いに出たのに、急に『復讐なんか、自己満足でしかない』って言って、自殺同然に主人公を助けたんですよね。その間に台詞が五個ぐらいしかないから、間を補完するの大変そうで……」
「颯大はずっと自己中で怒りっぽい演技をして、自己満足で復讐するんだ、っていうのを表現してたの。だから逆にラストで人助けして『実はいい人なのね』って思えたわ」
「なるほど! 縁治の方はかなり逆ですね。元から優しい奴で、主人公に村の子供たちを重ねて見ているって解釈でした」
辰巳も当時のことを思いだした。颯大の役を縁治がやると聞いたとき、タイプが全く違うのに大丈夫だろうかと不安になった。縁治も颯大に色々話を聞いたと、インタビューで答えていたのを覚えている。
最終的に、自分らしいアプローチで役を作り上げたのだと知り、縁治はやはりかっこいいなと感動した。
颯大は舞台だけでなく、映像作品にもたくさん出ていた。辰巳はコーヒーを一口飲み、千佳子に問いかける。
「颯大の映像の現場ってどうでした? 縁治はたまにわき役で出るんですけど、主役とかはないんで、イメージできなくて」
「縁治くんも素敵な役者さんなのに、もったいないわよね。事務所の力とか、ご縁なのかなとは思うんだけど」
「舞台出演の予定を詰めすぎてるのかもしれないです」
辰巳が苦笑すると、千佳子は「ありえるね」とうなずいた。
縁治はアニメ原作の舞台や、小劇場のストレートプレイ、中劇場でのミュージカルにも出ており、稽古期間以外に舞台上にいない時期がほとんどなかった。
「舞台が好きなのかなとも思うんですけど、こう、ファンからするとブレイクするなら、やっぱりテレビに出ないとなんだろうなーってなるんですよね」
「ネットがあるにしてもね。やっぱり普通の人に知ってもらうとなると、ドラマとかがいいのよね」
千佳子は顔を伏せる。マドラーでドリンクを混ぜると、氷がからからと鳴った。
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