第28話 あなたがいたから

 わかるな、と辰巳は思う。


 縁治たちが出ていた番組が放送を終えた後、沢山のグッズがワゴンセールに出された。そのままにすれば、もしかすると欲しい人に届くかもしれないが、廃棄されるかもしれない。それなら自分が欲しいと、ついつい買ってしまった。

 おかげであの頃は、子供用の魚肉ソーセージが主食だったことを思い出す。付録として入っていた縁治たちのシールは、今も使いきれずに棚にしまってあった。


 辰巳は日焼け止めと無色のリップを選ぶ。


「じゃあ遠慮なく、これとこれ貰っていいですか? お代はぬいぐるみ代から引いて下さい」

「余ってるものを押しつけただけなんですから、気にしないで下さい」


 コスメは決して安くないものだ。支払いについてしばらく押し問答したが、結局辰巳が折れることとなった。

 ありがたく受け取って、鞄にしまう。入れ替わりに、透明のビニールでラッピングした颯大のぬいぐるみを取り出した。


「こんな感じになりましたが……イメージあってますか?」


 辰巳が差し出すと、千佳子の瞳が切なげに揺れた。両手でぬいぐるみを受け取り、じっと見つめる。


 震える声で、彼女は答えた。


「はい……颯大です。私の颯大……」


 「袋から出して良いですか」と、千佳子は辰巳に問いかける。そのぬいぐるみは既に千佳子のものだ。辰巳が頷くと、彼女は早速ラッピングをほどいた。


 刺繍を施した顔を撫で、服に触れる。ひっくり返して細部まで確認した後、千佳子は感慨深げに息を吐いた。


「すごい。髪も服も希望通りです。私の頭の中の颯大そのもの……」


 黒いシャツに紺のジャケットを羽織った颯大のぬいぐるみ。瞳は明るい茶色に、青の差し色を入れてある。


 辰巳も安堵のため息をつく。

 完全に初対面の人から依頼されてぬいぐるみを作ることはあまりない。人となりやどんな風に颯大を推して来たのかを知らないため、ちゃんと希望に添えているかどうか不安だったのだ。


 ぬいぐるみは、持ち主の推しの姿を映している。

 それと同時に、推しをどう見ているのかという、持ち主自身の心や世界観も映し出しているのだ。

 ただ姿を似せるだけではなく、持ち主の望みと向き合うのが大事だと思いながら、辰巳は一針ずつ刺繍していた。


 千佳子は綺麗な封筒を差し出す。ぬいぐるみの代金だ。辰巳が受け取って確認すると、見積もりで出した金額よりもかなり多かった。


 驚き、思わず封筒を千佳子に返してしまう。


「こ、こんなにいただけません」

「詰介さん、お見積もりに資材代しか入れてないでしょう。私は詰介さんの能力にもお金を出したいんですよ。だからこれは適正価格です」


「でも、コスメもいただいてますし……」


 千佳子はゆっくりと首を横に振る。見据えてくる視線からは、縁治とはまた違う強情さを感じた。


 もごもごと小さな声で辰巳はあらがう。

「俺のぬいぐるみづくりなんて、趣味の一環で、作るだけで楽しいんです。本職の人や既製品みたいに、刺繍も完璧じゃないし……。だから能力とか、時給とか言われてしまうと、逆に申し訳なくなります」


「この颯大のぬいぐるみは、とっても可愛いですよ」


 にっこりと、千佳子は穏やかに微笑んだ。


「推しにお金を出したい、そういう気持ちは詰介さんにもわかるでしょう?」


 諭すような言葉に、辰巳はうなだれる。確かにその気持ちは痛いほど分かった。

 それと同時に、自分の作ったものに対して、推す感情を向けられていることが嬉しくも恥ずかしかった。ぬいぐるみではなく、その先にいる颯大への愛情故の感情だとわかっていても、じわじわと頬から耳にかけて熱が上がっていった。


 これ以上抵抗することが出来ず、辰巳は受け入れることにした。


「わかりました……お代は受け取ります。もしパーツがとれたり、新しい服が欲しい時は、気軽に声をかけて下さいね」


「アフターサービスも万全ですね。嬉しいです」


 さらっと大人っぽい千佳子に、辰巳は尊敬の気持ちを抱きつつあった。少し照れたように笑って言う。


「千佳子さんってすごいですね。俺は縁治推しなんで、あんまり颯大のことを知らないんですけど、千佳子さんが推してたなら、本当にすごい役者だったんだろうなって思いました」


「ふふ。光栄です。颯大がかっこよかったからこそ、私もこうなれたんですよ」

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