05 千佳子-推しを役者として愛しています

第27話 連れて帰って

 ぬいぐるみが完成した。


 そう千佳子に連絡すると、早速受け取りたいという返信が即座に来た。ちょうど辰巳の開店作業シフトと、千佳子の退勤時間があった為、木曜日の夜に受け渡しすることになった。


 場所は颯大のコラボショップがあるデパートの一階、縁治が逃げ込んだカフェだった。辰巳の方が先についたので、縁治が座っていた奥の席に座る。入り口がよく見えた。


「カフェの奥にいます。俺は黒いシャツに……」


 チケットの受け渡しをする時の要領で、辰巳は千佳子に自分の服装を連絡する。急に休みが取れて、舞台を見たいと思っても、公式サイトではチケットが売り切れている場合がある。そんなときは、SNSや専用掲示板でチケットを譲渡しますと書いている人に連絡し、チケットを譲って貰うのだ。


 縁治の舞台を公演している劇場周辺では、男であると伝えれば大体待ち合わせが上手くいった。舞台、特に若手の男性俳優が出ている作品では、女性比率の方が高い。

 だが今日の待ち合わせはカフェで、周囲にもサラリーマンがいる。その為、出来るだけ服装や特徴を詳細に書き出した。


 千佳子からも服装の連絡が来る。明るいセミロングヘアに、ベージュ色のパンツスーツスタイルに、焦げ茶の革鞄らしい。しばらく入り口を見ながらコーヒーを飲んでいると、その格好をした女性が現れた。清潔感のある明るい髪をまとめ上げている。


 辰巳が軽く手を振ると、千佳子も気づいたようだった。彼女はレジに並び、スマホを操作する。


「ドリンクを買って行きます。少々お待ち下さい」


 千佳子からメッセージが届く。辰巳は彼女にうなずいて見せた。


 しばらくして、千佳子が席にやってきた。蜂蜜味のアイスカフェオレから、甘い匂いが漂う。白いマスクにつけられたチェーンには、青い石が輝いていた。

 髪をかきあげ、千佳子は会釈した。


「すみません、お待たせしました」

「いえ全然。お仕事終わりに来ていただいて、ありがとうございます」


 お辞儀をする辰巳を、千佳子はまじまじと見た。


「俳優さんじゃないんですよね?」

「あ、えっと、違います。オタクです」

「よく言われません? すごい肌綺麗ですし、お洋服もそれっぽくて……」


 辰巳はお世辞だと思いたかったが、彼女の目は真剣そのものだった。


 身長や性別で勘違いをされることはよくある。俳優が主体となる作品の観客に若い男は少なく、いたとすれば、ほとんどが招待された舞台関係者だ。前の席の人間が、何度も振り向いては、誰が観劇に来ているのか確かめようとするまなざしに、辰巳は何度もさらされてきた。


 しかし、外見をしっかり観察された上で『俳優なのか』と言われるのは、初めてだった。


 人間って外見から変わっていけるんだなと、辰巳は感慨を覚える。ここ数日、夕夏にフォローして貰いながら、縁治から貰ったスキンケアと服をどうにか使いこなそうと奮闘した。その成果はしっかり出ているようだ。


 縁治から貰ったもので出来ています、とは言えず、辰巳は曖昧に笑った。


「最近美容に目覚めまして……」

「もしよかったらこれ使いますか? お店に行く度につい買っちゃって、家に何個もあるんですよね」


 そう言うと、千佳子は鞄からコスメを数点取り出した。


 外箱に印刷された颯大が、明るく微笑んでいる。彼のコラボコスメだ。無色のパウダーやリップクリーム、日焼け止めなど、使う人を選ばないユニセックスなものが多かった。


 千佳子は綺麗にジェルネイルを施した指先で、箱を撫でる。


「これ、抽選に当たると颯大のお渡し会に参加できたんです。今は、応募者全員にメモリアルブックが届く仕様に変わったんですけど、それでも店先にあると、家につれて帰らないとみたいな気持ちになっちゃうんですよね。

 颯大はもういないのに……」


 切なく呟く千佳子に、辰巳は胸が痛くなった。

 颯大を喪った今も、彼女は推しを愛している。推しに想いが届かないと知っていながらも、費やすことを止められないのだ。

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