第1皇女 テネレッツァ

耳に、あの子の泣き叫ぶ声が未だに響いている。

テネレッツァは両耳を塞ぎ、自分の大好きな花の咲く花畑へ一目散に走った。

その花畑が、小さな頃から放任されて育ったテネレッツァの唯一心安らげる場所だった。


ある国の裏切りから世界中を巻き込んでの大戦となってしまった今回の戦争。

皆が生きることに必死であり、負けないことに必死である。

罠や騙し討ち、戦争は人の心を鬼にする。

今回の戦いもそうだった。

兵が一般市民を装い、平和を唱えるはずの宣教師までもが武器をとり襲いかかってきた。

言い訳にすぎないかもしれない。

ただ、誰が一般市民であるかわからない中、兵士だけと戦をするのだと手をださない指示のままでいたら、たくさんの味方が殺された。

決断をくだすしかなかった。

自分が指示をした以上、自らの手を汚さない訳にはいかない。

テネレッツァは、一般市民かもしれないと思いながらも、戦地にいる相手側の人間をたくさん手にかけた。

殺らなきゃ殺られる。

自分の国の人間を殺されたくない。

その一心だった。


「やめてください!私は逃げ遅れただけなんです!」


それでも逃がすわけにはいかなかった。

殺らなきゃ殺られる。

殺らなきゃ殺られる。

今逃がした敵が明日誰かを殺すかもしれない。

殺らなきゃ殺られる。


「ぎぃやぁーっ!!お父ちゃーんっ!!」


雄叫びのようにも聞こえた少年の声に、テネレッツァは我に返った。

すでに手を下した後だった。

少年は、ぎぃやぁーと泣き叫びながら、テネレッツァに向かってくる。

テネレッツァは動けなかった。

武器も何も持たない少年は、ただ泣き叫びながらテネレッツァを力いっぱい叩いた。

まぎれもなく、この親子は逃げ遅れただけのただの一般市民だった。

スパッ

音と共に一瞬にしてあたりが、血の海になった。


「テネレッツァ様!ご無事ですか!?」


声をかけたのは味方の兵団長だった。

泣き叫ぶ子どもの声は止んでいて、少年が斬られたことをテネレッツァは理解した。

これが戦争なのだ。


少年の泣き叫ぶ声。

グシャグシャな顔。

殴られた痛み。

どれもこびりついてテネレッツァから離れなかった。

度々戦に出て戦ってきたテネレッツァだが、兵同士の戦いではここまで心は痛まなかった。

相手にも家族やら恋人やらがいるかもしれないが、戦争だからお互い様であり仕方のないことだと思っていたからだ。

軍国主義の国で育ったこともあるかもしれない。

ただ、テネレッツァが王家でありながら戦に自ら出ているのは、ぬくぬくと自分達だけ安全な地にいるのが何だか納得いかなかったからである。

王家が民を守らなくてどうするのか?

ただ、王や王妃が国から失われるわけにはいけないのもわかるので、自分が行こうと思ったのだ。

だから、自分は間違っていない…そう信じてやってきたのだが、今日殺めたのは敵国のとはいえ、一般市民だった。

しかも、子どもの目の前で親を殺してしまったのだから、到底許されることではない。

テネレッツァは妹が産まれた頃から、だんだんと親からの愛情が失われてきたのを感じて生きていた人間であり、自己肯定感がとても低い人間であった。

差別化される待遇の中、ただ自由を与えられたのだと思うようにし、自らも国の為に戦うことでヒーローになれる。

王家の人間に恥じない人間としてやっていける。

そう信じて生きてきた。

だからこそ

間違えてはいけないのである。

そういう思い込みが彼女にはあった。


「…ごめんなさい…。」


テネレッツァは、花畑に座り込み、ワーッと声をあげなから泣いた。

兵達の前でも、両親の前でも平然を装ってきたが、もう限界だった。

心に大きな傷をつけ、まともな判断が出来ない状態で、テネレッツァは謁見の間に血まみれのまま足を踏み入れてしまい、その姿を見た母親は悲鳴をあげ、そして怒鳴り声をあげた。

悪魔でもみたような蔑んだ目で、はやく出ていくように急かした。

父親もまた、あまりの血の量にひどく困惑し顔面を蒼白にしていた。

妹も怯えた様子だった。 

家族誰一人として、テネレッツァの心配をした者はいなかったのである。


「ごめんなさい……。」


テネレッツァは泣いて謝るばかりだった。

色々な過去が頭を巡る。

色々な考えが頭を巡る。

自分はヒーローになどなれない。

自分は王家には必要ない。

自分は…産まれてなんてこなくて良かったのだ。

そしたら今日、あの親子の命を奪われることなどなかったのだ。

テネレッツァの頭は後悔とネガティブで埋め尽くされていく。

テネレッツァは自らの剣を鞘から抜いた。

今日だけで何人を手掛けたのだろうか、たくさんの人間の血が混じり合いこびりついていた。

止まらない涙を放置しながら考える。

もうここで終わらせよう。

どうせ皇位はペルフェッタが継ぐ。

国の兵達は強いから戦争に負けることはないだろう。

私にお金を使う必要もなくなる。

考えれば考えるほど、彼女は一つの答えにたどり着く。


「今、ここで死のう。私も君たちみたいな綺麗な花になりたい。」


風が優しくテネレッツァの頬をなで、森の木々が樹海という名のとおり波のような音をたてている平和な午後。

テネレッツァは目をつむり、剣の切っ先を自らの首にあてた。

これで無になれる。

そう思うと、落ち着いて剣を握りしめることができた。


「皆さん、さようなら。お元気で…。」


剣を握る力が強くなった。

その瞬間

ドサッ!!

と、目の前に何か重たいものが降ってきて思わず力が抜け、両目を開いた。




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