暗雲

夢妙 立説(むみょう りっせつ)

「今日午後3時ごろ品川区のアパートで殺人未遂事件が発生しました。警察によりますと…」

そろそろ大学に行く時間だ

俺はTVを消し早足で家を出た



第一章


今、人類に残された時間は限られているのだろうか?


定期的な地震による地形の崩壊

気候の変化による食料困難、落雷・竜巻による被害

自然災害の規模は拡大し、人口はだんだんと減少していった


家を無くした者がほとんどだが皆、生き延びようと必死だ

必死と言えば聞こえはいいのかもしれないが、現実は残酷だ


餓死により家族を喰らう者、人を裏切り食糧を盗む者

窮地に達した人類は徐々に理性を無くしつつある


そんな中、俺は行方をくらました兄を探しに旅に出ている


兄の名前は仲 直樹(なか なおき)


食料調達に行ったきり帰ってこないまま3日が経った

流石に心配になり兄を追うように俺も家を出た

だが、1ヶ月探しても兄は見つからない

でも悪い事ばかりじゃ無かった


旅の途中で出会った仲間もいる

そいつの名前はポリー、野良犬だがとても優秀だ


飢餓状態だったポリーに食料を分けてやったところ

俺の後を付いてくるようになった


正直、俺がここまで生き延びれているのはポリーのおかげと言っても過言ではない

ポリーが吠えると何かしら災害が起きる、それを予測して一緒に逃げてきた

こんな世の中で兄が帰ってこないのは不安でしかたない



第二章


ある日子ども連れの女性に出会った

カスカスの高い声でシィネと名乗ったその子供は不思議な声と名前だった

歳は8つくらいだろうか、とても元気で走り回りたくてしょうがない様子

シィネの母親に兄を見なかったか写真を見せた


その時、ポリーが吠え始め嫌な予感がした


「まずい」


シィネと母親に建物の中に避難するよう伝えたがなぜかシィネが見当たらない

ポリーの吠える方向を見るとシィネがいる、その後ろで竜巻が発生していた

俺と母親はシィネに走ってここに戻るよう大声で叫んだが手遅れだった

母親はシィネの後を追う様に走り出そうとしたが俺は必死に止めた

母親は狂うように泣き叫んだ



「俺のせいです、すみませんでした」



そう言った後、空からシィネが降ってきた

母親はぐちゃぐちゃのシィネを強く抱きしめて離さなかった

罪悪感で胸が張り裂けそうだった



「本当にすみません」


ポリーが俺の服を引っ張った

俺は逃げる様にその場を去った



第三章


次の街は少し遠く一度夜を迎えた、夜は非常に寒くいつも凍えそうになるけどポリーと一緒に寝るととても暖かくて心が安らぐ

日が昇ると家族の温もりを思い出す、兄に早く会いたいと強く思った


次の街に着くとそこには廃校があった

校庭では珍しく子どもたちがサッカーをして遊んでいた



「俺もよくやってたな」


ほんの少し平和な日々を思い出して懐かしくなった

子ども達を見守るようにお婆ちゃんが校庭の隅で立っていたので声をかけた



「すみません、この人見かけませんでしたか?」


お婆ちゃんは少しニヤけながら一言



「もう、この世界は終わるんだよ」


そう言った瞬間、ポリーが空に向かって鳴いた

子ども達が一斉に上を向く

今まで見たことのないくらい黒い雲で覆われていく空



「何だあれは」


お婆ちゃんが両手を空に掲げて言う



「もう逃げ道なんて無いよ」


雲は瞬く間に空を覆い、徐々に地面に迫ってくる


気がつけば校庭は血で染まり、ポリーも子ども達もそこにはいない

この景色に理解が追いつかず俺は逃げることを忘れていた


ふとお婆ちゃんの方を見ると頭上には黒い塊が押し寄せていた

よく見ると人間の手のようだ

そう思うのも束の間、俺の上にもそれは近づいていた

もう雲と呼ぶには相応しくない


迫り来る黒い手を押さえようと手を伸ばした

横目で潰されそうなお婆ちゃんを見た途端、視界が赤くなった


一瞬だけ見えた光景は

まるで地面に思いきりトマトを投げたように色んなものが飛び散っていた


俺の体全体を手のひらが覆う

怖くなり力の限り叫んだが途中息ができなくなった


「あ"ぁぁ」


だんだんと意識が遠のいていったが歯を食い縛りながらも叫んだ


「ギィーーあっ…はぁはぁはぁ」



第四章


俺はベッドの上にいた

時計をみると丑三つ時

布団の上にレポートが置いてあった


「課題の途中で寝てたのか」


地球温暖化による自然現象に絡んだ夢

妙に現実的で鮮明に記憶に残る

こういう時、一人っ子とは心細い

夢の中の人みたいに兄さんがいたら、心強いだろうと思った

そんな妄想を広げながらも、汗だくで気持ち悪かった為シャワーを浴びる事にした


「そういえば夢に出てきた犬、ポリーって名前だったな」


昔飼っていた犬の名前だ

俺が小さい頃に病気で死んでしまったがポリーとは兄弟のようにずっと一緒にいた

そんな事を思い出しているとふと微かに感じる足先の触感、視界を下に移すと一本の長い髪の毛が足指に絡まっていた

俺の髪は短いため違和感を感じたが、どこかで付着したのだろうと自分に言い聞かせた

風呂から上がり体を拭いていると

徹夜明けだからか肩がやけに凝ってる感じがした


「寝違いかな?」


鏡で見ると首周りに手の形が紅斑となって浮かび上がっていた


「なんだこれ」


ふと夢でみた景色がフラッシュバックした

急に怖くなり急いでベッドに戻った

体育座りをし布団にくるまってテレビをつけようとした


その時


テレビの暗い画面に反射してベッドの下に白い顔が薄ら浮かび上がって見えた

直感的に目が合うとヤバいと思いそのままテレビをつけると昨日見てたYouTubeガメイのゲーム実況の動画が流れたが

ベッドの下の何かが気になって内容は全然入ってこない



第五章


どれくらい時間が経っただろうか

これ程、時の流れを遅く感じたのはいつぶりだろう

このままではいけないと思い側に置いてあるスマホを取り110番に電話をかけた


「はい110番緊急通報担当 仲です。事件ですか?事故ですか?」


掛けたはいいものの通報した事をベッドの下の何かに勘付かれたらと思うと

どう説明すればいいのか分からなかった

誤魔化さなくてはと思い、咄嗟に先ほど見た夢に出てきた兄(仲 直樹)の人名を利用した


「もしもし、直樹?」


「なぜ私の名前を?」


奇跡が起きた、たまたま同姓同名の名前を言い当てるとは

驚く余韻もなく、この状況をベッドの下の奴にバレずに説明しなくてはならない


「ゲームがクリアできなくて」


視線を向けた先のTVを見て口実を作った


「イタズラなら切りますよ」


「いやっ違うんだよ!助けて欲しいんだよ!夜中に電話取るの直樹しか居なくてさ今からこれる?」


「ん?」


気づけ、気づけ、気づけ

俺は神に祈った


「何かあったんですね」


「そうなんだよ、だからお願い!人助けと思って来てください」


「…わかりました、今から警察をそちらに行かせます部屋番号言えますか?」


「ステージ4-1がクリアできなくてお願いできる?」


「わかりました」


「夜遅いから静かに来てね、鍵開けとくから」


この時あれはただの夢じゃ無いと思った

あのシィネというカスカスで高い声の男の子

昔飼ってた犬にそっくりなポリー

無数の手が伸びている黒い雲に押しつけられた息苦しい思い

違和感に感じた全てを理解した時、無性に体が震えた



第六章


「今日午後3時ごろ品川区のアパートで殺人未遂事件が発生しました。警察によりますと都内に住む20代女の犯行とのことです。容疑者は「ずっと見てるよ」と意味不明な発言を繰り返しており容疑を否認しております。」


そろそろ大学に行く時間だ

俺はTVを消し早足で家を出た

もし緊急通報の相手の名前が直樹じゃ無かったら今頃どうなっていたのだろうかと、考えるほど鳥肌が今だに止まない



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暗雲 夢妙 立説(むみょう りっせつ) @mumyorissetu

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