取り戻せない過去を足枷ではなく力に変えて、青年はさらなる高みを目指す!

 幾重にも層が重なった地下世界が舞台。地球から異世界転移した“何でも屋”の主人公の青年が、理由あって迫害されていたエルフの幼女の手を取った時。あらゆる過去や常識を乗り越えるための“上”を目指す物語が始まる──。

 主に一人称で進む物語。時折、あえて人称や視点が変えられるものの、総じて読みやすかった印象です。特につかえることなく、サラサラと読み進めることができました。

 序盤から繰り広げられるのは逃走劇。しかも、音速に迫る速度で、です。この“速さ”こそ、本作を読んだ方がまず感じるものであり、魅力の1つではないでしょうか。

 主人公が「走る」たびに、瞬く間に流れゆく景色や舞い上がる風。その速さは戦闘にも大いに生かされていて、1秒間に十数手を繰り出すほどの高速戦闘。何より主人公が強い、強い。バッタバッタと敵をなぎ倒していくさまは、まさに無双状態。嫌味もなくて、純粋に爽快感が抜群です!

 しかし、ただ無双するだけでは物足りなさも感じてしまいそうなもの。ですが、本作には特徴として合間合間に過去が挟まれます。これが、個人的にはとてもいい塩梅なんです。

 たびたび登場する“過去の仲間”との語らい。あるいは戦闘を前にした時の動悸。仲間と交わすやりとりは温かく、親しげなのに、この場にはもう居ない。戦闘能力は高いのに、なぜか不安がる。

 そうした、過去と今の違いが何度も印象的に描かれていて、いったいどうして“今”がこうなのか。爽快感だけではない、重い過去がそこにはあって。その過去が疑問となり、物語への興味を引き止め続けてくれました。

 とはいえ、緊迫感がありつつも、全体的な物語の雰囲気は重くありません。それはひとえに、主人公とエルフ幼女のやりとりをはじめ、各所にコミカルさがあるからだと思います。彼ら彼女らのやりとりが、小気味よく、面白い。主人公が抱える重い過去など、物語が抱える重さを程よく中和してくれて、とても読みやすかったです。

 あと、何より、エルフ幼女「キセ」が可愛い。…キセが可愛い! 2回言っておきました。個人的にはポジション的にもう1人のヒロイン(?)のカルネも悪くないのですが、性別不明なので今回は2番手とさせて頂きましょう。

 王道を謳うだけあって、物語の構造や進み方はきちんとしてある。そうした基礎の上に丁寧な物語があって、過去・爽快感・可愛さもある。個人的にはもっと評価されても良い気もしますが、どうなんでしょうか。

 空を失った世界で、悔やみきれない過去を抱える主人公が、それでも。もう二度と失わないために、前ではなく上を向き剣と魔法を振るう王道冒険譚。主人公が過去を乗り越え、いつか青空を手に入れることを期待してやみません!

その他のおすすめレビュー

misakaさんの他のおすすめレビュー846