アネモネが大陸へ向かった理由


 物心がつく頃には、アネモネは既にひとりぼっちだった。

 両親の顔すらも知らない。

 自分は親に捨てられたのか、それとも何らかの理由で、離ればなれにならざるを得なかったのかもわからない。


 ひとりきり、アネモネは森で育った。


 言葉よりも先に、狩りをおぼえた。

 魔獣たちを狩る事は、日々の糧を得る当然の行為だった。

 相手が自分よりも弱ければ獲物にする。逆であれば、きっと自らがそうなる。


 それがアネモネの日常だった。


 森の中では、狩猟者である他の魔族と出くわす事もあった。

 また、魔獣の中には言葉を解するものもいる。


 そういった者たちとの交流を通じて、アネモネも少しずつ言葉をおぼえた。


 やがて、町へも足を運ぶようになる。


 仕留めた獲物の、肉や毛皮を買い取ってくれる商人もいた。

 得た金で、武器や食べ物を購入した。


 名前がないと困るので、自ら「アネモネ」と名乗るようになった。

 特に深い意味はない。

 氏名を問われた際、偶々、目に留まった花の名を口にしただけだ。


 幾人かの顔見知りもできた。

 けれど、友人と呼べる存在はいなかった。


 ……狩れる。


 森の深部で遭遇した鳥の魔獣を見て、アネモネは即断した。初見の相手でも、自分より強いか弱いかくらいは判別できた。


 ただ、その鳥は逃げる素振りも見せず、アネモネに立ち向かってきた。


 もしや、意外と強い?

 一瞬、そんな懸念を抱いた。……が、弱かった。

 難なく、容易に屠れた。


 ふと、気に掛かる事があった。

 戦闘中、鳥の魔獣はある木のそばから離れようとしなかった。まるで、それを守るかの様に。


 特に変わった所もない樹木だ。

 が、よく目を凝らすと、枝の付け根に何かある事に気付いた。

 そこまで上って確認してみると、巣だった。

 中には雛がいた。ぜんぶで七羽。


 地面にで倒れ伏す鳥を見下ろし、アネモネはつぶやいた。


「ごめん」


 それから毎日、アネモネはその巣へと通った。雛たちに餌を与えるために。

 何が好物かもわからないので、色々と持っていった。

 獲物の肉片、木の実、昆虫。


 雛たちは何でもよく食べた。

 すくすくと育つ小鳥たちを見て、アネモネは嬉しくなった。

 いつしか小鳥たちと過ごす時間が、かけがえのないものとなっていた。

 初めてできた友だちだ。


 その日も、アネモネはいつもの様に小鳥たちの待つ巣へと向かっていた。

 不意に、強大な力の持ち主が近づいて来るのを察知した。恐らく、魔獣ではなさそうだ。

 アネモネは木の陰に身を潜め、その存在の姿を窺い見た。


 森を歩いてくる三つの影。

 ……人族?


 町で聞いた事があった。

 時折、この辺りには、大陸から人族の冒険者がやって来て、狩りを行っていると。

 初めて目にする人族を前に、身動き一つ取れなかった。

 三人はアネモネには気付かずに、歩き去った。


 安堵したのも束の間、妙な不安を掻き立てられ、巣へと急いだ。


 そこに、小鳥たちがいなかった。さして探さずとも、彼らを見つけ出す事ができた。


 無惨な姿で地面に転がっており、七羽とも既に息はなかった。

 先程の人族たちの仕業である事は明白だった。


「たぶん、レベル上げだろう」


 顔なじみの魔族の狩人が、冒険者が小鳥たちを惨殺した理由についてそう推察した。

 彼らは、魔獣を倒す事で強くなる。

 特に、この島にいる魔獣は、人族にとって格好のレベル上げの糧になるという。


 ……許せない。

 必ず、小鳥たちの仇は討つ。


 アネモネは、心にそう固く決意した。


 大陸へ渡るには、ニイベという港町から鯨に乗るのが一番手っ取り早い方法だと町で教えてもらう。


 さっそく、アネモネはその港町へ向かった。


 この日、出港の予定はないと、町の漁師らに言われた。が、なぜか港に鯨がやって来た。

 アネモネは、こっそり鯨の背に乗り込んだ。

 けれど、すぐに見つかってしまう。


 が、ひとつの幸運があった。

 ルードという少年がその場におり、彼のおかげで大陸へ行ける事になった。


 ただ、出港早々、アネモネは慣れない鯨の揺れに酔ってしまう。

 ベッドで横になると、様々な事が頭をよぎった。


 そもそも、あの人族たちの正確な居場所を自分は知らない。

 仮に見つけ出せたとして、勝てる相手なのか?

 あまりに、無計画すぎた。

 やっぱり島へ戻るべきか……。


 ルードが大陸へ向かう目的は、勇者を討伐する為らしい。

 それも、レベル1の勇者を。


 それを聞いて、アネモネは直感した。

 彼について行くべきだと。


 ◇


 島に帰ってきたアネモネは、また森で狩りをして暮らしている。

 ただ、以前とは違い、今はひとりぼっちという訳ではなかった。


 獲物を求め、さまよい歩いている時だ。


「アネモネ」


 そう呼びかける声の主は、ルードだった。


「どうしたんだい?」

収納ストレージ


 嬉しそうにそう唱えたルードの手に、一枚のカードが出現する。 


「もう、(仮)じゃないよ」

「正式な隊員になれたのかい?」


 ルードは笑顔で頷く。

 アネモネも、素直に嬉しく思い笑みをもらす。


「君に、頼みがあるんだ」


 急に真面目な顔になり、ルードは言う。


「な、何だい?」

「僕の勇者討伐に付き合ってくれないか?」

「え?」

「カイトを討伐できたのは、僕一人の力じゃない。相棒が必要なんだ」

「……ボクで、いいのかい?」

「ああ、君じゃないと駄目なんだ」


 アネモネの顔が、ポッと赤くなる。長い耳の先端まで。


「どうかな?」


 不安げに問いかけてくるルード。


「べ、別に構わないよ。ボクも暇だしさ」


 照れを隠す様に、アネモネはあえてぶっきらぼうに言った。


「本当? ありがとう」


 ルードはすごく嬉しそうな顔をする。


「次は、どんな勇者を倒すつもりなんだい?」


 アネモネが問うと、ルードは含みのありそうな笑みを浮かべる。


 聞くまでもない事かもしれない。

 恐らく、彼はこう言うだろう。


 もちろん、レベル1の勇者を倒しに行くよ。



 【了】


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 評価、応援、コメントなどをいただいた方々に、心より感謝申し上げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者はレベル1のうちに殴れ 鈴木土日 @suzutondesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ