第6話 試衛館の人たち その二

「なるほど。そういう事だったのか…。」

先程、あの場にいた皆で、道場の方に移動した。

沖田おきた姉弟きょうだいは嘘をつけないのか、馬鹿正直に近藤さんに、これまであったことを全て話してしまった。ただし、私が女であることは黙っておいてくれたけれど…。

近藤さんは、眉間にしわを寄せて難しい顔をする。

「ま、まずは、自己紹介をなさってはいかがでしょうか。」

水撒きをして、沖田さんにさっき怒られていた男の人が、シンと静まり返った空気を切り裂いて言った。

「それも、そうですね。では。」

近藤さんは、私の方に向き直って座る。

「初めまして。近藤勇と申します。ここの試衛館道場しえいかんどうじょう、三代目の近藤周助こんどうしゅうすけ嫡男ちゃくなんです。どうぞ、よろしく。」

近藤さんは、こんな状況でも律儀に私に礼をする。

彼は、私が見ている限り、とても真面目で礼儀正しい人だ。

「私は、井上源三郎と申します。先程は失礼致しました。」

さっき沖田さんに怒られていた人…井上さんは、また私に深く頭を下げる。

「いえいえ!頭をお上げになって下さい!私はもう気にしてませんし。」

私は、頭を下げている井上さんの肩を持って、微笑みながらそう言う。

と、

「んな、二人とも堅苦しいなぁ。スイさん、あの人のこと、って呼んでいいですからね。あ!それから、近藤さんってね、もうすぐここの試衛館の四代目になるんですよ。」

沖田さんが、嬉しげに私に話してきた。

「えぇ!そうなんですか!?」

「総司!!お前、ころっと何でも言い過ぎだよ…。」

近藤さんは、呆れたようにして首元に手を当て、「はぁ」とため息をつく。

「別に良いことなんだから、いいじゃないですかぁ。そう思いますよね、スイさん!」

「は、はい!すごいで…」

いきなり沖田さんに話をふられたその時、

「がははははっ!ふは!ふははははは!」

と、楽しそうに笑う声が廊下の方から聞こえてきた。

な、何か…変な笑い声…。

そう私が思っていると、

「近藤さん!こいつ何とかしてくださいよ〜!」

「んなっ!何とかしなくていいよ近藤さん〜!」

と、ピシャっと障子が勢いよく開いたかと思えば、男の人が二人現れた。

こちらも、どちらもがたいが良いひとたちだ。

「永倉さんに原田さん!」

沖田さんは、嬉しそうに彼らの名前を呼ぶ。

この雰囲気だと、恐らくこの人たちはここの道場の門下生だ。

さっき、おかしな声を出して笑っていた人は、顔が全体的に赤くなっていて、短髪。きっと、ついさっきまでお酒を飲んでいたのだろう。彼からお酒の匂いがする。

その人を支えながら、呆れた顔をしている人は、雰囲気は穏やかそうだが、体つきがその穏やかそうな雰囲気からじゃ考えられないほど、力強い体つきをしている。

「あぁ?誰だぁ、この小僧はよぉ?」

短髪の男の人は、私のことを真正面でまじまじと眺めた。

「あ、えっと…?」

私は、その人にどう対応すればいのかが分からなくて、沖田さんの方に視線を向ける。

でも…お、沖田さん…!?

沖田さんは、おみつさんや近藤さんたちとお話していて、私の視線に気づく気配がない。

「ていうかよ、お前さん...えらい可愛い顔してるが...。本当に男か?」

と、今度は、短髪じゃない男の人の方が、私の顔をじーっと見つめてくる。

「なっ、何をおっしゃってるんですか!男に決まってますよぉ、やだなもう〜!」

「へえ…不思議なもんだな…。」

私がぎこちなく笑って、手をひらひらさせながらそう言うと、彼は不満そうにして眉間にシワを寄せる。

あ、危ない…。危なすぎるよ…!!

私、このままじゃいつか本当にバレちゃうんじゃ…!?

すると、

「どっちみち、男でも女でも可愛え顔には変わりねえんだからよぉ、仲良くしようぜぇ。」

と、短髪の酔っ払った男の人が、強引に私の肩を組んでくる。

「えっ!いや、あのぉ…?」

ど、どうすればいいのぉ〜!?

突然のことに対応できず、私が一人あわあわと困惑していると、

「くっそ、ヤクザに目ぇつけられた、って爺さん、たまったもんじゃねぇよ…。」

と、背後の方から声がした。

私は、声のした方を振り返る。

「おい誰だ?この小僧は。」

振り返れば、そこには役者のような美しい顔立ちをした総髪の男の人が立っていた。

「あぁ、土方さん。おかえりなさい。」

「おう、源さん。ていうかよ、何なんだよこの小僧は。どいつが連れてきた?」

眉間にしわを寄せ、私のことを睨むそのひとは、顔が綺麗なだけあってとても恐ろしく見える。

少なくとも、私がここにいることを良かれとは思っていないようだ。

「おっ、土方さん!この子はですね…」

「わ、私!沖田さんに助けて頂いたんです!」

私は、沖田さんが説明してくれようとしたのを遮って、そう言う。

沖田さん、うっかり口が滑ってまた変なこと言いかねないし…!!というか、沖田さん、この人がいかにも不機嫌そうなのに、どうしてそんな平然と喋れるの!?

「ふん、まあいい。」

男の人は、納得はいってないようだったが、一旦は引いてくれた。

「はぁ」っとため息をついて、荷物をドサッとその場に置く。

石田散薬いしださんやく』…?「散薬」ってことは、あの箱は薬箱なのだろうか?

私は、男の人が置いた大きな箱に書いてあった文字を目でなぞる。

「土方さんは、どこに行ってたんですか?」

沖田さんは、私の隣にあぐらをかいて座る。

あのひとは「土方」さんって言うのか。

「ああ?薬売ってきただけだよ。」

土方さんは、沖田さんの質問に気だるそうに答えながら肩を回す。

「えぇ〜、土方さんったらまだあのインチキ薬売ってるんですか〜?」

「おまっ!言いやがったな!!」

土方さんは、沖田さんの言葉を聞いて、頭から急にポンっと煙が上がったかのように見えたかと思えば、顔は一気に鬼の形相になる。

そして、ドスドスと足音を立てながら、沖田さんの目の前まで来る。

「きゃっは!怖いスイさん!タスケテー!!」

沖田さん沖田さん!それ、大分棒読みですよ!

沖田さんは、「きゃはは!」と子供のように無邪気に笑いながら、私の後ろに隠れてくる。

絶対この状況を楽しんでる…。

「こらっ!待て総司!!」

土方さんは、逃げ回る沖田さんを容赦なく追いかける。

「あーあ、また始まっちまったよぉ…。」

と、短髪の酔っ払いの男の人は、ゴロンと横になる。

左之さの!先にこの方に、挨拶を。」

さっき私のことを疑っていた男の人は、酔っ払いの男の人を無理やり起こし、私の前に座らせた。

「失礼、挨拶が遅れました。私は永倉新八と申します。」

「俺は、原田左之助ってんだぁ。女とお酒が好きだぁ…むにゃむにゃ…」

酔っ払いの男の人…原田さんは何かつぶやきながら、そのまままたゴロンと横になってしまった。

「すみません。お酒が入ってない時は、全然普通なのですが…。ったく、左之ったら…。」

私のことをさっき疑っていた男の人は、永倉さんと言うらしい。彼は、「左之を部屋まで運びます。」と言って、道場の方から出て行ってしまった。

「まあこんな感じだけど、スイちゃんなら上手くやれるわ。」

と、いつの間に隣に来たのか、おみつさんが突然そう声をかけてくる。

「大丈夫、なのでしょうか…。」

私は、目の前で取っ組み合いをしている沖田さんと土方さんの姿を見つめる。

「んー、でも曲者くせもの揃いね〜。それに、特にあの土方って男には気をつけて。あいつ、女を見るとすぐ手籠てごめにしちゃうんだから。」

「はっ!?手籠め!?」

私は、おみつさんの言葉に驚きのあまり、声を大にしてそう言ってしまう。

「えぇ、誰が手籠めにしたって言うんです?」

沖田さんは、ピタッと動きを止めて、面白そうに私の方を見る。

その場にいたみんなの視線が、私に注がれる。

「えぇ?いやぁ?」

私は、目をきょろきょろと泳がせながら、誰とも視線が合わないようにする。

まずい。明らかに動揺してるのがバレバレすぎる。

「まあ何だ。別にとしもしたくてしてるわけじゃないんだろうし…。」

と、近藤さんは、そうやって自分を納得させるように「うんうん」とうなずきながら、腕を組み直す。彼なりに、土方さんの肩を持ってあげたのだろう。

「本当に、土方さんって顔はいいけど、これだけは何とかしてほしいわ。」

おみつさんも頬に手を当てて、「ふぅ」と浅くため息をつく。

「べ別に!!俺だって、したくてしてるわけじゃねえんだよ!あっちが求めてくるから仕方なく…」

「「仕方なくじゃない!!!」」

焦ったように顔を歪め、言い訳を語る土方さんに、近藤さんとおみつさんの怒鳴り声が飛んできた。


――――――――――――――――――――


なんだかんだで色々あって、私はここ、江戸の多摩にある天然理心流試衛館道場てんねんりしんりゅうしえいかんどうじょうにお世話になることが、正式に許可された。

近藤先生(近藤さんのことです。以後、近藤先生とお呼びさせて頂くことになりました。)が、父上である近藤周助先生に掛け合ってくれたようなのだ。そして、周助先生が、これがまた優しいおかたで、私のことを憐れに思って、ここに住まわすことを許可して下さった。

ただし、「である以上、剣術にしっかり励む」という条件つきだけれど…。

こうして、私はいわゆる食客しょっかくというものになった。土方さんに原田さん、永倉さんも食客なのだそう。

沖田おきた姉弟きょうだいは、この試衛館のすぐお隣にお家があるそうなのだが、近藤先生達のお世話も含め、ほとんどを試衛館で過ごしている。

沖田さんに関しては、ここで寝泊まりもしているようだし。


ただ、一つ問題が…、

「こらスイ!まだ、洗濯も終わっていないのですか!!」

「ご、ごめんなさい!」

こうやって今私に怒鳴ってきたのは、近藤先生の義母上ははうえで、周助先生の奥様の近藤ふでさん。

私は、ここに住まわさせて頂く分、家事も手伝うことになった。料理はお手の物なのだけれど、どうもその他の家事が…。

「はぁ…。」

私は、おふでさんがいなくなったのを確認した後、大きなため息をつく。

別に家事が嫌いというわけではない。

ただ、おふでさんとは正直まだやりにくい。それに私は、どことなくおふでさんから嫌われているような気がする。

そんなことを考えて、また気が重くなっていると、

「そんな顔しないでください、三山さん。」

と、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。

この声は!!

私は、声のした方を振り返る。

「つねさん…!!」

「おふでさんに、また何か言われちゃいました?」

と、苦笑しながら現れたこの可愛らしいかたは、近藤先生の奥様の近藤つねさん。

彼女は、突然訪れた私にも優しく接してくれる。

そして、私がおみつさん以外で、色々と気を許して話すことができる唯一の女性ひとでもある。

「洗濯が、遅い、と…。」

私は、カックンと項垂うなだれてそう言う。

「私も洗濯に限らず、家事において色々遅いと、義母上ははうえによく言われます。それに、三山さんは男の身ですしね。」

と、そう言うつねさんの顔はどこか楽しそうで、

「つねさんは、どうしていつも、そんなに楽しそうに笑うんです?」

私は、純粋に気になって聞いてみた。

「えっ、私、そんなに楽しそうにしてます?」

と、彼女は、自分の頬に手をあてて目を真ん丸にする。

「でも、私は私で悩み事なんて沢山あるんですよ?特に旦那様のこととか…。」

そう言って、つねさんは洗濯している私の隣にしゃがみ込む。

「旦那様」って、近藤先生のことだよね。何かあるのかな。

「近藤先生と何かあったんです?」

「実は…」

と、私の質問につねさんが口を開いた時だった。

「おーい三山ー!いるかー!?」

と、威勢のいい声が道場の方から聞こえてきた。

「あら、三山さんのこと呼んでる…。」

「原田さんかな?ちょっと行ってきます!」

私は、「お洗濯は私に任せて!」と言うつねさんに、お洗濯を任せて、急いで道場の方へと向かう。

おそらく、さっきの声は原田さんだったような?

「原田さん、お呼びですか!?わぁっ!?」

勢いよくガラッと道場の襖を開けた私は、丁度道場の方から出てきた誰かとぶつかってしまう。

「ごめんなさ!ひゃぁっ!」

とっさに後ずさった私は、自分で足を絡ませて体制を崩す。

「おいっ!」

まずい!このままじゃ、頭から地面に突っ込んで…!!

反射的にギュッと目を瞑る。

でも、あれ…。何ともない…?

私は、ゆっくりと目を開ける。

そして一番最初に、私の視界に入ってきたのは、

「あうあぁ!?土方さん!?」

氷のように冷ややかな目をした土方さんだった。

気づけば、私の体は土方さんに抱きとめられる状態になってしまっていた。

「ご、ごめ…!!」

謝ろうとしたその時、

「お前…」

と、上から振ってきた声に背筋が凍りつく。


わ、私、土方さんのこと怒らせちゃった…!?










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更新が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません!💦

                浅葱郁羽






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浅葱色とだんだらと翠色と 浅葱郁羽 @sun_flower-girl

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