紅葉

この時期といったらこれだ、これしかない。


「紅葉狩りに行きましょう!」


「それは、いいね」


「お、お弁当もありましゅ…」


今日は遠出なのでお弁当を用意した。

自慢じゃないが俺の料理は美味い。

御爺さんもご近所さんもおべっか無しに絶賛してくれる。

なので、是非、有明に美味しいって褒めてもらいたい。

神様がご飯をあまり必要としないのは知ってるけど、褒められたいんだ。

いつもは昼食を済ませてから逢いに来ていたのでお披露目する機会が無かった。

でもデート。

まだ午前中。

正午も一緒。

午後もいつも通り日が落ちる前に月喰山のここへお連れすれば問題ない。

だからお弁当は必要かなって。

…コンセプトはお弁当を食べて頂くデートです、はい。


「ボクのお嫁さんの手料理も、楽しみだ、ね?」


紅葉の紅に佇む有明さんの御写真を、と思っていた。

なのに紅葉よりも美しい笑顔に俺は浄化されかかった。

耐えろ。

デートはまだ始まってない。

そして有明さんを楽しませなければっ。

笑顔の有明さんを連れ、俺は車を発進させた。





そもそも助手席に有明さんをお乗せしたの初めてだった訳です。

なので、目的地に到着した俺はグッタリ疲れてしまった。

緊張、した!


「鵜篭クン…大丈夫…?」


「だ、いじょうぶ…です」


有明さんが優しく俺の背中に撫でてくれたので、すぐに回復した。

荷物を色々用意しようとしたら、有明さんの使い魔が全部持ってってくれていた。

使い魔を見たことは一度もない。

有明さん曰く「ちょっとコワイ見た目をしているから、ね」と配慮の言葉を頂いたので、姿見せぬ働き者たちへ心の中で感謝を重ねる。




「そ、それじゃあ行きましょうか」


時間は有限だ。

俺はデートがしたい。


「うん、そうだ、ね」


同意してくれた有明さんと歩き出す。




そうすれば世界は真っ赤。

橙に染まった。

そこへ突如としてご降臨された真っ白な神様有明さん。


すごい。


美しい。


光景だ。


永久に。


忘れないだろう。


「鵜篭クン?」


青空に紅葉に有明さん。

これ以上美しい物なんて、この世に存在しない。

独占してる俺は、幸せ者だ。


「…はい…?」


顔がぐっと近寄る。

両目が黄色?

なんだろう、嫌な予感が。

した俺に有明さんがにこって笑った。


顔に何かばさって音が。


「わっ」


紅葉をばっとかけられたらしい。

風で舞って俺の視覚一杯紅葉。


「うふふふ」


赤と橙の隙間、有明さんの姿が小さくなってくのが見えた。


「ま、待ってください有明さんっ」


見失わないように目で追う黒を。


「鵜篭クン、こっち、こっち」


「あ、ありあけさぁん」


見失わないように目で追う白を。


「うふふ、こっちだよ」


なのにみえにくい。

だって紅葉で視界が奪われ、みえないよ有明さん。


「待って、待ってください有明さんっ」


有明さんの黒い背中、白い御髪が真っ赤な世界に消えていく。


紅葉が、舞う。


「有明さーんっ!」


どこを見ても赤い。


「…あ、ありあけさぁんっ!」


だから有明さんの姿は浮くはずだ。


「有明さん!か、かくれんぼ上手ですね!」


現にさっきまでなんとか目で追えていた。


「でも、あの、そろそろ、その、お昼ですしっ」


なのに、急に、見つからない。


「あ、有明さぁん!どこですかぁ!」


どこをどう見ても探しても、見つからない。


「ありあけさん…」


身体の中があっという間に不安で一杯になった。


有明さんは神様だから。


いつか俺を置いて。


俺なんて。


本当は取るに足らない存在で、


「ぁ、ありあけさん…どこぉ…ぐす…」


気付いたらめちゃくちゃ泣いていた。

鼻水と涙の区別がつかないくらい泣いていた。







「ああ、鵜篭クンっ」


何処からともなく有明さんが姿を現し、強く抱き締められる。

その瞳の色は紫で、申し訳無さそうに眉根が寄ってて、俺もひっしと抱き付いた。


「あ、ありあげざぁんん」


「ごめんね、ボクを探している鵜篭クンが可愛くて…ごめん、ね…」


大事にするように包み込まれる。

鼻が詰まってるのが惜しい。

有明さんの香りが分からない。


ふいにふわっと、両足が浮く。


「あ、りあけしゃん…」


甘やかすような鴇色の右目が。

真っ白な喉ぼとけが。

美しい綺麗、という言葉では表現しきれない御顔が。

立派な胸板が。

全部近い。

俺、おひめさまだっこ、されている…。


事態を飲み込めない俺を他所に有明さんは歩き出した。

全然下ろす気配が無い。

もしかして下ろして下さいって言わなかったら一生こうしててもらえるのだろうか。

望むところ過ぎて素敵な御顔に見惚れてしまう。







気付いたら神聖と感じる建物の中に居た。

紅葉を見ながらゆったりくつろげる不思議な空間だった。


「鵜篭クン、ここでお昼にしようよ、ね?」


その一角に俺が用意していたシートやお弁当が拡げられていた。

そこへ、有明さんが俺を下ろそうとする。

俺は思わず抱き付いてしまった。


「…鵜篭クン?」


「…うぅ」


わかってる。

わかってるんだ。

でも、折角のお姫様抱っこ。

もう少しだけ、もう少しだけ。


「ふふふ、鵜篭クンは甘えっ子さんだったんだね?」


「…う」


カァっと顔が熱くなった。

でも下ろして欲しくなかった。

そうして俺は、抱っこされたままお弁当を食べるという幸せを味わったのだった。






夕暮れに俺は焦った。

そしてがっかりした。

有明さんをお送りしなければ、と。

もう、デート終わりなんだ、と。


「…」


「…」


どうしよう。

泣きそうだ。

楽しくて幸せの反動がこんなに強烈だなんて。

別れるのが、こんなに辛いなんて。

明日も、逢いに来るのに。

はなれたくない。


「あ、りあけさ」


「鵜篭クン」


「は、い」


有明さんが俺を見つめる。


左目は黄色、有明さんが飲んだ月の色。

白目の部分が黒い右目が不安そうに紫、瞬き神聖を保つように灰色、そこから目を伏せて。


愛情の、籠った、鴇色に。


「帰したく、ない」


真剣な口調だった。

いつもはふんわり甘い声。

今のはなんだか本当に神様のようだった。

返事の出来ない俺の手を取り、有明さんが石段を登っていく。


夜空に、大きな満月が浮かんでいた。

俺の知っている月では無いように感じられた。

俺の知っている神社が無かった。

在るのは真っ赤な鳥居。

その奥に見知らぬ御屋敷が見えた。

もしかしてあれが有明さんの…。


「鵜篭クン」


心臓が痛い。

ドキドキが強すぎる。


「帰さない、よ?」


ぎゅうって、繋いだ手に力が籠められる。

宝石の双玉が煌めている。

お月様を背に、

涙が出る程神々しい、

なのに俺を、

こんなに求めてくれている。

言葉を必死に探した。

なのに何も思いつかない。

なのに口が勝手に動く。


「お、おじいさんに電話、します…」


「うん」


有明さんが弾んだ笑顔で俺のわがままを許してくれた。


あ、止まらない。

止められない。


「大好きです有明さんっ!俺も帰りたくないですっ!」


がっついた本心を大声で叫んでしまう。

すごくかっこわるい。

だけど有明さんは、


「うん、ボクも大好きだよ、鵜篭クン」


ふわりと微笑み、そんな俺の手を引いた。

ああ、今日、離れ離れにならなくて済むんだ。

デートが終わらないんだ。

それが嬉しくって堪らなかった。










有明さんとのでぇと、お楽しみ頂けたでしょうか?

気が向いたら桜を観に行くデートも書く、と思います。

後日4話からデート選べるようにリンク張ります。

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有明さんとでぇとする 狐照 @foxteria

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