怪盗トマト

西順

怪盗トマト

 私の名はゴールド・アップル。探偵をしている。


 今回の依頼は、世界的大富豪である大山田万太郎氏のところへ送られてきた、怪盗トマトからの予告状への対処だ。


 トマトなどと言うふざけた名前をしているが、奴は曲がりなりにも怪盗であり、これまでも警備する各国の警察の目を盗み、数々の盗みを成功させてきた本物の怪盗だ。


 そんなトマトの天敵が私なのだ。私はこれまでに何度となく怪盗トマトと対峙し、捕まえるまではいかなくも、奴の犯行をはねのけてきた実績がある。


「大丈夫だろうか、アップルさん」


 大山田氏は、自らが運営する博物館の目玉として展示室に飾られる、120カラットのブルーサファイアのネックレス『海洋の女神』を前に、右往左往していた。それを警備の警官たちが目の端で嫌そうに見ている。


「問題ありません。私に任せて貰えれば、トマトの予告通りにはさせませんよ」


『海洋の女神』はガラスのケースに収められており、誰かがそのガラスに触れた瞬間、警報が鳴る仕組みとなっている。更に万が一を考えて、『海洋の女神』自体にもGPSタグが備え付けられており、盗まれても犯人がどこにいるかは一目瞭然と言う訳だ。


 私の言葉に大山田氏はホッとしているが、警官たちは更に嫌そうに顔をしかめていた。それはそうだろう。私が活躍すると言う事は、自分たち警察の無能を晒す事になるのだから。本当ならこの場に私のような部外者を入れる事も躊躇われるだろうが、財界の要人である大山田氏たっての願いでは、警察も無下には扱えなかったようだ。その甘さが命取りにならなければ良いが。


 私は懐から愛用の懐中時計を取り出すと、時間を確認する。


「奴の犯行予告時刻まで、1時間を切りました」


 私の言葉に、警官たちに緊張が走り、明らかな動揺を見せる大山田氏。


「大山田さん。もしかしたらトマトは、既にこの博物館に入り込んでいて、『海洋の女神』を盗むタイミングを窺っているかも知れません」


「何ですって!?」


「なので私は、今から館内に何かおかしな物がないか見回り、中央監視室に立ち寄って、怪しい動きをしている人物がいないか確認してから、犯行予告時刻の5分前に、ここへ戻ってきます。よろしいですね?」


 私の言葉に、大山田氏は何度も頷き、それを確認してから、私は『海洋の女神』が鎮座している展示室を後にした。


 ◯ ◯ ◯


「5分前です」


 博物館をぐるりと一周してきた私は、展示室に戻ってきて、愛用の懐中時計で時間を確認する。その場にいる全員に緊張が走った。


 シーンと静まり返った展示室で、カチカチカチと私の懐中時計の音だけがいやに大きく聴こえる。


 3分前。


 2分前。


 1分前。


「時間です」


 私の言葉に場の緊張感はピークに達し、次の瞬間、明るかった展示室が真っ暗になった。


「馬鹿な!? 中央監視室の奴らは何をしている!?」


 吠える大山田氏の声に呼応するように、展示室の明かりはすぐに元に戻り、皆の視線が『海洋の女神』の鎮座するガラスケースに注がれた。


「な、なんだ。あるじゃないか」


 ホッと胸を撫で下ろす大山田氏。そこには確かに『海洋の女神』がガラスケースの中で鎮座していた。が、


「いえ、これは精巧なレプリカです」


「何ですと!? いや、しかしGPSタグもそのまま付いていますぞ!?」


 驚く大山田氏に、しかし私は頭を振った。


「そうですね。あの一瞬で警報付きのガラスケースを外し、GPSタグを付け替えるまでしたのは見事ですが、見ていてください」


 と私はポケットから探知機を取り出した。


「すみませんが、『海洋の女神』には事前にGPSタグとは別に、この探知機に反応する発信機を取り付けさせて貰いました」


 そう説明して、私は探知機をガラスケース内で鎮座する『海洋の女神』に近付ける。しかし探知機は全く反応しなかった。


「な、何と言う事だ! では本物の『海洋の女神』はどこに!?」


 動揺する大山田氏をなだめながら、私は笑顔で展示室の警官たちを見回す。


「怪盗トマト。奴は変装の名人でもあります。あの一瞬で『海洋の女神』を盗んだ手腕は見事ですが、流石の奴も、展示室から逃げる事は出来なかったはず」


 言って私は展示室で警備していた警官一人一人に向かって、探知機をかざしていった。すると、


 ピピピピピピピピッ。


 と一人の警官の前で探知機が反応したのだ。


「フッ、とうとう馬脚を現したな、怪盗トマト!」


 私が探知機の反応のあった警官を指差すと、他の警官たちがその警官を取り囲む。


「フフフ。流石は私のライバル。そちらこそ見事な手腕だ」


 私に指差された警官は、それでも余裕の笑みを浮かべている。これは何かある。と思った次の瞬間。私は怪盗トマトに突き飛ばされ、そしてまたパッと展示室の明かりが消える。明かりが点けばそこに警官の姿は無かった。


「くっ、逃がすな!」


 吠える大山田氏に言われるまでもなく、警官たちは突き飛ばされて倒れている私を置いて、逃げた警官を追ったが、その後見付かったのは、男子トイレで気絶していたその警官と、発信機の付いた『海洋の女神』だった。


 ◯ ◯ ◯


 その後の警察の捜査で、男子トイレで気絶していた警官は本物であると断定された。ただしその警官の記憶には大きく欠落があり、怪盗トマトの犯行当日の記憶が、丸々抜けていたと言う話だ。そしてそれは中央監視室を管理していた室長も同じで、周りの証言と監視カメラの記録から、犯行当日にこの警官と室長が話をしていた事が分かっている。しかし怪盗トマトに繋がるものはそこまでで、奴の行方はまたも闇の中となったのだった。


 ◯ ◯ ◯


 私が書斎の本棚の上から2段目にある右から5冊目の本を引くと、ガコンと言う音とともに、秘密の部屋へ通ずる隠し扉が開いた。


 部屋の中には今まで私が蒐集してきたコレクションの数々が飾られており、この度めでたく、新たに『海洋の女神』が加わる事となった。


 そう。私ゴールド・アップルこそが怪盗トマトその人なのだ。探偵は世を忍ぶ仮の姿だ。


「今回も上手くいったな」


 数々のコレクションを前に悦に入る自分に、自嘲してしまう。そして愛用の懐中時計を取り出し眺める。


「それもこれも、この懐中時計のお陰だ」


 この懐中時計、実はただの懐中時計ではなく、見たものを催眠状態にする代物だ。これによって私は警官と監視室の室長を操り、今回の計画を成功させた。え? 『海洋の女神』は男子トイレで見付かったはずだって? あっちが偽物で、本物は私が突き飛ばされるまでガラスケースの中で鎮座していたのだ。


 警官に突き飛ばされた私は、パッと明かりの消えた展示室ですぐさま本物の『海洋の女神』を偽物とすり替え、倒れたフリをしてその場をやり過ごした。


「今回の犯行で、『海洋の女神』を守りきった私の探偵としての評価もまた少し上がった。これからも怪盗の私が予告状を出す度に、探偵の私の所へ依頼が舞い込んでくるだろう。フフ」


 私はゾクゾクくるこの高揚感とともに秘密の部屋から退室すると、書斎のPCで次の獲物を物色するのだった。

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