最終話 既定路線

 桜火おうかさんと玲火れいかさんが端嶺はねさんを連れて部屋を後にして数秒、シンと空気が静まっていた。

 未だに20人近くが部屋の中にいるにも関わらず、誰も言葉を発しない。


 知火牙さんは苦笑い、彼の妻たちはわずかに敵意のこもった目で、兄弟姉妹たちは可哀想なものでもみるかのような呆れた目で、彼氏さんたちは恐怖に染まった目で俺を睨んで動かない。


 その沈黙を破ったのは御霊知夏みたまちなつの、普段の柔らかい声とは違う棘のある声だった。


「........................理真りま、まぁたお姉ちゃんたちに助けを求めるとか......。いい加減諦めなさいって言ったでしょ。お姉ちゃんたちの幸せそうな表情みてわかるでしょ?」


「そういうのじゃないから」



 玲火さんも桜火さんも2人ともすでに端嶺さんの手で女に......いや母にされている。

 そうでなくとも俺はもう2人への恋心は1ミリさえ残ってない。


 恋心が残ってるから助けを求めたみたいに思われるのはあまりにも不本意すぎる。


「ねぇ、理真? この間お姉ちゃんたちでヌいてたことは見逃してあげたのに、またお姉ちゃんたちなの? あれから改心して私でだけヌくようになってくれたんじゃないの?」


「なるわけねぇだろ」



 この間って、いつの話だよ。

 ってか、そんなことこんな大勢の前で周知すんじゃねぇよ。


「ツンデレはいい加減にしてお姉ちゃんに甘えなさいっていってるでしょ!!!!!!!!!!」


「急にでかい声でキレんじゃねぇよ! 気色悪ィンだよ! ツンデレじゃねぇつってんだろ! この勘違い女! お前は俺の姉ちゃんなんかじゃねぇってなんでわかんねぇんだよ!」


「............かん、ちがい......?」


 お互いに言い合って少しずつ声が大きくなっていた分を元に戻すように、はぁはぁとお互いに肩で息をしながら場を整える。

 その間も、周囲に佇んでるみんなはほんと何しに来たんだよってくらいしゃべらない。


 数秒待って、御霊知夏がまた「ふぅっ」っと1つ息をはいて続ける。

 さっきまでのヒステリックは少し収まったらしい。いつもの繕った声音だ。


「もぅ、まだお口がおイタしてるよっ。私は理真のお姉ちゃん。いい加減に私に甘えてくれないかな? 待ちくたびれちゃったよ。お姉ちゃんは勘違いなんてしないし、むしろ理真のことはよくわかってあげられてるからよかったけど、あんまり言われると、嘘だってわかってても私だってちょっとは傷つくんだからね?」


「甘えないし、本気だから、しっかり傷ついてくれ」


「彼氏がお姉ちゃん彼女に甘えるのは権利じゃなくて、義務だから。さっさとしろ」


「急に命令口調になんなよ、ほんとイカレてやがる」



「..................まぁそれは後でいっか。それより、そろそろ早くパパに謝って。心から。そうじゃないとスペシャルコースになっちゃうよ。ただのツンデレじゃ済まなくなっちゃうんだよ。私、ありのままの理真とラブラブな夫婦になりたい。抜け殻の理真じゃヤだよ。私、理真を死ぬよりつらい目にあわせたくないよ。だから、お願い、早く謝って」


「謝らねぇ。俺は事実を言ってるだけだ。もういいから。バツでも何でも受けてやるよ。あーあ、こんなクソな人生、マジでいらなかったわ。さっさとコロせよ」










「はぁ......。パパ、ママ、みんな............ごめんなさい、私が甘やかしすぎたのがいけなかったみたい。理真は..................スペシャルコースで教育してくるね」


「あぁ、それがいいと思うよ。手続きは僕の方でやっておくよ」


「ありがと、パパ」



 知火牙さんと御霊知夏がよくわからんやり取りをしてる。

 聞いてる感じ、俺を処分するんじゃなく、自分たちの都合のいいようになんかをしようとしてるっぽい。させるかってんだ。


「あ? 俺はコロせって言ってんだよ。お前の好きにさせるくらいならこんな人生いらねぇんだよ」


「うん、いらないんだよね。だからその人生、私が貰い受けるってだけ。書類上は理真はシんだことにするからこれから理真に人権はありません。もう少しツンデレが緩かったら、人格を更生させる必要もなかったのに............全部理真のせいだからね」



 いらないって、そういう意味じゃねぇよ。拾うな拾うな。


「知夏、1人でできる?」


「うん、ママ、大丈夫。私が責任持って、ちゃんとパパたちに心から謝れる、うちの一員としてふさわしい旦那さんに育て直してみせるよ!」



 凛夏さんと和やかな雰囲気で話してるけど、それ、そんな微笑ましいことじゃねぇ。


「知夏、ちゃんと莉牙兄さまにも謝罪させてよね〜」


「うん、凛火恋ちゃん、もちろんだよ。莉牙くんも、ちょっとだけ待っててね。すぐに素直にさせて、謝ってもらうから!」


「あぁ、急がねぇからゆっくりやってこい」



 妹の御霊凛火恋や兄の御霊莉牙の声掛けに微笑んで返す御霊知夏は、寂しそうな、それでいて少し嬉しそうな狂気的な表情をしてる。


「知夏が彼のためを思って手を汚すのも、そういう表情をするのも、あのとき以来だね」


「そうだね、パパ」



 何の話かわからないが、この狂気は過去にも顕在化していたらしい。


「............あのとき、だと?」


「うん、こうなったらもう全部教えちゃってもいいよね。どうせ私のものなんだし」


「何の話だよ」






「理真に愛される『お姉ちゃん』、邪魔だったんだもん。仕方ないよね」



 はぁ? 何いってんだ、こいつは。まさか、そんなことあり得るのか......?

 自分が『姉』をやるために......こいつが......?


「何......言って、やがる............」









「理真のホントのお姉ちゃんをヤッたのが、誰か、って話♡」




*****




「ん〜もぉ〜っ! ほんっと、理真ってば強情! スペシャルコースで3ヶ月も口の悪さが治らないのも自我を保ってるのも、ありえない! こんなの逆に正気じゃないよぉ〜。早くお姉ちゃんにおぼれてよ〜」



「絶対に許さねぇ! いつか絶対にぶっコロしてやる!!!!!」



「あちゃぁ、やっぱり本当のことなんて教えなかったらよかったかも。しまったなぁ。口は災いの元ってやつだ。今度から気をつけよ〜」



<終わり>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分のこと『お姉ちゃん』とか言って絡んでくんな 赤茄子橄 @olivie_pomodoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ