言える言葉、言えない言葉
西影
おめでとう
もしもタイムマシーンがあったら過去か未来どっちに行きたい……なんて訊かれたことはあるだろうか。
過去に戻って人生をやり直したい。はたまた未来の自分を見てみたい。様々な考えがあると思うが、俺は断然過去派だ。だって実際に楽なのだから。
「また
「二位もいつも通り
「やっぱ国立目指すやつはレベルが違うな」
ついこの間まであった中間テストの順位表が張られ、放課後の廊下には有象無象の生徒がたむろしている。俺の歩く道が自然と開けられる光景は、まさに王そのもの。すでに噂で結果は知っているが自分の目で見ることに意味があるのだ。
一位
二位
一番上にあるのは自分の名前。この学年で上に誰もいないという証明。この瞬間ほど気持ちのいいものはない。俺の名前を見て女だと勘違いしたやつ、馬鹿にしたやつを見下ろせる場所に俺は立っていた。
「うおー、また
背後から声がして振り返る。俺のことを
「俺が一位なのは決定事項だ」
「今回こそはと思ってたんだけどな」
「
「手厳しいな。たまには座らせてくれよ」
以前とは違う会話を聞けて痛快な気分になる。やっぱりこの順位から見える景色がたまらない。一周目のテストが終了してから時間を戻して勉強した甲斐があるってものだ。
「
「いや、今日もバイトあるんだ」
「おいおい、受験生なのに大丈夫かよ」
「夏休み前には辞めるつもり。それじゃまた明日」
「おう。またな」
……付き合い悪いな。こうして誘ってもほとんど来ない。同じ大学志望だから今のうちに仲良くしておきたいんだが。
まぁ、仕方ないか。
「……俺も帰るか」
こんなことなら一緒に帰れば良かったな。自転車通学の
案外こういうことは習慣化してしまうらしい。過去の自分に苦笑する。
もう、五年も前なのか。
初めて《力》を使ったのは中学一年の朝だった。あの日は寝坊したせいで遅刻しないように思い切り疾走していた。そのせいで十字路のミラーを見なかったのが原因だろう。その日、俺は車に轢かれて死にかけた。今でもたまに悪夢に出てくるが、もう一生体験したくない。
全身が熱くて、痛くて、声すらまともに出せなかった。意識があったのも奇跡だと思う。俺はひたすらに願った。生きたいと。この苦しみから逃げたいと。なかったことにしたいと。
そうして気付くと学校の教室に立っていた。瞬き一つで入れ替わった景色。これが白昼夢というやつなのかと興奮していたのを覚えている。
しかし俺にとってはそこからが夢のようだった。みんなの話している会話を俺は知っていたのだ。授業内容、休み時間の駄弁り、その全てに聞き覚えがあった。夢だと何度も疑った。俺は妙に長い夢を見ているのだと自分に言い聞かせた。
しかしいくら経っても目覚めない。二日、三日、四日、数日経ってもその世界は続いて、遂には認めるしかなかった。俺は過去にタイムスリップしたんだって。
初めは戸惑いまくったものだ。しかし自分の意思で《力》を使えるようになると快適でしかなかった。テスト内容を知った状態で勉強できたし、どんなことをしても過去へ飛ぶだけで帳消し。強いて言うなら、『必ず二週間前に戻ること』と『二度同じ日には戻れない』という制限がなければ完璧だったが……これ以上を求めるのは強欲が過ぎる。
今のままでも十分すぎるほど便利だし、この《力》を使って高校では一位を独占している。まさに天から贈り物を貰ったようなもので、自分の名前に親近感を覚えた瞬間でもあった。
***
いくら時間を戻せても時が過ぎるのは早いものだ。億劫だったが努め続けた勉学の集大成、大学受験が終了した。今日はその結果発表の日である。共通テストは例のごとく《力》で答案を見たおかげで楽勝だった。元々の点数でも足切りはされなかったが、念には念を入れて損はないだろう。
「ヤバいヤバい、あと数分で結果出るって。今から神社行かね?」
「心配するだけ無駄だ。それに神頼みしても結果は変わらん」
隣でそわそわしている
たったそれだけのことだ。何も怖がることはない。俺は絶対に合格する。
「あ、時間だ!」
逐一状況を口に出す
机に置いていたスマホを手に取り、大学のホームページから受験者一覧を開く。同じような数字が多い中、自分を番号を探し……気付けば超えてしまっていた。
ん?
再度自分の受験番号を確認し、スマホへ視線を向ける。しかし俺の番号はなぜか載っていない。一瞬遅れて『落ちた』ことを理解した。
あ~……マジか。
受かったと思ってたんだけどな。多少悔しいが仕方ない。過去へ戻ろうとし、
「あ、あ、あ……」
信じられないといった様子で自分のスマホと受験票を何度も確認していた。遂には口から一桁ずつ数字を確認し始める。
「受かったのか?」
「た、多分! 受かってるはず!」
不思議だ。先程まで馬鹿にしていたリアクションが今では猛烈に腹立たしい。
なんで俺が落ちて
俺は万年学年一位だったんだぞ?
共通のテストも俺の方が高い点数で突破したんだぞ?
下唇を噛み締める。まさかこんなに悔しくなるとは思いもしなかった。
「なぁ、俺が受かったってことは
なんだこれは。煽りか? 煽りなのか?
自分が受かったならまず配慮するのは不合格者のことだろうが。受かったやつを見ているだけで眉がピクピクと動いてしまう。
「お前だけ受かってよかったなっ! 精々幸せなキャンパスライフ送りやがれ!!」
すぐに過去へ戻る。今はもう
***
うつ伏せにしていた顔を上げる。
そういえば二週間前は最後の追い込みをしてたんだった。グッと伸びをして、使っていなかった筋肉を動かす。
スマホを開けばちょうど二週間前。今回もタイムスリップに成功したようだ。二日後に二次試験が始まる。
「あーくそ、なんで俺だけ……」
右手に持ってたシャーペンを勢いよくノートに突き刺す。真っ黒な一つの点。一枚すら貫通しないのは躊躇したからか、単に俺の力不足か。
「くそ、やめだやめ」
ベッドに寝転がる。これ以上勉強する意味が俺にはない。とっくに試験内容も解答も覚えてる。それを忘れないだけで俺は大学に受かるんだ。
「ははは、楽だなぁ」
人生イージーモード過ぎて笑いが込み上げてくる。今頃他の受験生は必死に勉強しているんだろうな。そいつらの大半を蹴落として俺の番号があそこに載る。想像しただけでにやけが止まらない。
一周目とは対極的にゲームや昼寝をして残り時間を過ごした。受験当日もただ知ってる答えを解答欄に書き起こして呆気なく終了。それから遊んでいるうちにすぐ結果発表当日がやってきた。
「ヤバいヤバい、あと数分で結果出るって。今から神社行かね?」
「心配するだけ無駄だ。それに神頼みしても結果は変わらん」
前回と同じく隣でそわそわしている
「あ、時間だ!」
スマホを両手に持ってそわそわしていた
「あ、あ、あ……」
「それじゃ飯食いに行くか。ケーキ食ったらどこか出かけようぜ」
机に置いていた二つのケーキの蓋を外す。行きしなにコンビニで買ってきたものだ。どうせ受かるんだから買っていて損はない。
「……一人で食べてていいよ」
「ん? どうした? ショートケーキ苦手か?」
「そうじゃ、ないんだけどさ」
その声は震えていた。けれどそれを必死に隠すように小さな声だけが耳に届く。
嫌な予感がした。
「おい、どうしたんだよ。受かったんだよな?」
一周目で受かってたじゃないか。勉強量も、実力も、テスト内容も同じだろ? 落ちる要因なんてないだろ?
「……僕は落ちたよ。おめでとう、
弱弱しい笑顔で
俺のせいなのか? 俺が過去に戻ったから
だってそれ以外に考えられない。俺が
「おめでとう」が頭の中で木霊する。これまで何度も聞いた言葉。祝福の原点ともいえる温かい言葉であり、悲しい言葉。
俺は何度も
スマホに映る自分の番号がやけにはっきりと見えた。
言える言葉、言えない言葉 西影 @Nishikage
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