第2話 怠惰な傀儡王子、戦略を練る
「ガッデムッ!!!! ちくしょうめ!!」
図書館で地理に関する本を読み漁っていたが、確信に至った俺は堪らずテーブルを勢いよく叩いてしまった。
司書が俺を睨みつけてくるが、今は無視しよう。
俺は、間違いなく『ラストブレイブクエスト』の世界に転生してしまった。
記憶にあるゲームのマップと周辺の地図を見比べてみたら、完全に一致しやがったのだ。
国名や土地名、各地にある街の名前までパーフェクトである。
いや、まだこの世界に転生しただけなら、百歩譲って良いのだ。
問題は転生した人物である。
「何でよりによって
ディオン・フォン・ディアベル。
彼は怠惰な王子だった。
優秀な姉と比べて才能に乏しく、こと魔力に至っては無属性。
作中でのディオンは著しくやる気というものを喪失しており、常に楽をしようとするキャラクターだった。
無属性の魔力のせいで周囲から冷たく扱われていたことも理由の一つだろう。
ディオンは怠惰な王子として国中に名を轟かせる程であった。
しかし、ディオンの問題点はそこじゃない。
ディオンの問題点は、彼がゲームの黒幕である邪神の手下、つまりは傀儡になる事だ。
「うぅ、待っているのは勇者の刃か、あるいは邪神の呪いか」
傀儡になったディオンは、邪神から授かった力でディアベル王国の中枢を掌握し、姉であるリリアーナを追放する。
そして、国民の全てを邪神復活のための生贄にしようとするのだ。
各地で邪神復活を目論む邪神教団の幹部を倒していた主人公の勇者は、その凶行を止めるべくリリアーナを仲間にして王国へ足を踏み入れた。
激戦の末にディオンを倒した勇者は、彼を処刑するか否かの選択を迫られる。
処刑を選択した場合、ディオンは勇者の剣で首チョンパ。
選択しなかった場合、ディオンは役立たずとして邪神の呪いで死ぬ。
つまり、どっちみち死ぬ。
「……俺自身が気を付ければいい、って単純な話でもないしなぁ……」
いずれ接触してくる邪神教団に関わらないようにする、それも一つの手ではある。
実際、ゲームのシナリオでも主人公の選択肢によって、ディオンを黒幕である邪神の手下にさせないことはできるのだ。
しかし、そうするとディオンは教団に捕まって洗脳される。
洗脳されて手下となったディオンは、やっぱり主人公の手か邪神の呪いで死ぬ。
おいコラ。制作陣はディオンに恨みでもあるのか。
「やっぱりベストな選択肢は、そもそも教団と接触しないことか」
ディオンが死亡するのは、ほぼ全て邪神教団と関わったせいだ。
故に、教団との接触を避けるのが最善なはず。
第二の案としては、邪神教団の信者を撲滅するというのも手の一つだろうが……。
俺には個人的な戦闘能力が無いし、兵士を自由に使う権力も無い。
ゲーム知識があるからこそ俺は知っているが、そもそも邪神教団の魔の手は深いところまで広がっているのだ。
とても現実的な案とは呼べないだろう。
おるいは今から修行して強くなるというのも悪くないが、こちらも現実的ではない。
やっぱりベストは、邪神教団との接触を避けることだろう。
「しかし、そうなると問題になるのは――」
「あ、ディオン殿下!! もう!! お部屋にいらっしゃらないので探したじゃないですか!!」
「……エリーゼか」
エリーゼ・フットマン。
俺の側仕えであり、作中のディオンが唯一本音を語ることができた銀髪の美少女。
――そして、邪神教団の幹部の一人である。
いや、本当にね? 邪教の幹部が一国の王子の側仕えをしてるって信じられないけどね?
全て事実だ。
プンプンと頬を膨らませているこの少女は、邪神教団の幹部。
そして、ディオンを言葉巧みに操って邪神の手下となるよう仕向ける悪女である。
「ああ、少し調べたいことがあったんだ。もう終わったから昼寝でもしようかな」
「む。寝ていてばかりではお体に悪いですよ!!」
「大丈夫大丈夫。何の才能も無い
今はまだ悟られてはいけない。
エリーゼに微かな違和感でも抱かれたら、教団が接触してくるのが早まる可能性がある。
こっそりと、ひっそりと動かねば。
そのためにはまず、エリーゼを撒く必要があるだろう。
「あ、エリーゼ」
「なんですか、ディオン殿下?」
「下町に美味しいクッキーが売ってるんだって。お金あげるから買ってきてよ」
「え、ええ? またですか? 私だってお仕事があるんですけど」
「王子のわがままに付き合うのも侍女の仕事だよ。そういうわけだから、よろしくー」
俺はエリーゼが下町に出たのを確認して、その足である人物のところへ向かう。
向かった先は執務室。王城に勤める官僚たちの仕事場だ。
俺は扉を軽くノックしてから、中に入った。
「殿下!?」
「め、珍しいな、怠け王子が執務室に来るなんて――」
「おい!! し、失礼しました、殿下!!」
怠け王子、ね。傀儡王子よりはマシかな。
ざわめく官僚たちを無視して、俺は執務室の奥にあるテーブルで書類をまとめている男性に話しかける。
「おや、これは珍しいお客様ですな」
「クラウゼン宰相」
ベラフ・フォン・クラウゼン。
ディアベル王国の宰相であり、『ラストブレイブクエスト』では最も信頼できるキャラクター。
一見すると好々爺然とした初老の男性だが、その実態は邪神教団の撲滅を志している人物。
作中では邪神の手下となったディオンを討伐するため、主人公らを城内へ秘密裏に招く役割を担っていた。
そして、ディオン亡き後は女王となるリリアーナを支える人物である。
「宰相、実は折り入って頼みがあってきた。人払いを頼めるか?」
「……ふむ、良いでしょう。皆、一度退室なさい」
ベラフの一言で、官僚たちが困惑しながらも退室する。
……あとで箝口令を敷いてもらおう。
できるだけ、俺が宰相を訪ねたという話自体あまり広げたくないからな。
「して、如何なさいましたか? ディオン殿下」
「邪神教団の信者かも知れない人物がいる」
「!?」
ガタッとベラフが椅子から立ち上がった。
「……邪神教団とは?」
ベラフは白々しく俺に訊いてきた。
これは正しい反応だ。
そもそも、邪神教団なんてものは表向きには存在していないからな。
知っているのは裏社会の事情に詳しい人間か、教団の信者か。
ベラフは前者だ。
しかし、だからこそ知らないフリをしなくてはならない。
邪神教団は噂程度の存在だからな。
藪を突いて破滅してしまうのは、ベラフの望むところではないのだろう。
「その人物を告発したいが、そうした場合。俺が危うくなる。どうやら俺は、教団に狙われているらしい」
なので、ベラフが知っている前提で話を進める。
「だから、力が欲しい。知識が欲しい。できるだけ秘密裏に」
「……ふむ? それは、つまり……?」
「俺に勉強を教えてくれ」
まず俺に足りないのは、周囲からの信頼だ。
怠け者である俺に味方してくれる人物はリリアーナのような家族を除いてゼロ。
なんとしても味方を作る必要がある。
その味方を作るため、まずは俺自身が変わったと周囲に陰ながらアピールする必要があるだろう。
だから、同じく『教団の存在を知る者』という共通点を使って、まずは宰相の信頼をゲットしてみせる。
俺の最初の仲間はアンタだぜ、クラウゼン宰相。いや、ベラフ!!
黒幕の手下となる怠惰な傀儡王子は前世を思い出したので改心しますっ!〜原作知識と努力で死亡シナリオを回避しまくっていたら主人公とヒロインの崇拝対象になった件〜 ナガワ ヒイロ @igana0510
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