おまけ 彼と彼女の場合(期間限定公開)

(※同人誌として発行した時に書き下ろしたエピソードを、9月末までの予定で公開します。見つけたあなたはラッキー☆)




 今日も今日とて、ユリウス王子は、執務室で書類仕事に励んでいた。戦いの日々が落ち着いても、戦後処理のあれやこれやが次々と舞い込んでくるのだ。

 だが、ひたすら根を詰めて仕事をしていたユリウスも、先日の一件以来、夕刻までには仕事を終えて、シャルロッテ姫との一時を過ごすのを日々の楽しみにしていた。


 この日も、窓の外が夕暮れに染まり始めるころには片付けを始め、王族の住まいである奥棟に引き上げようとしていた。

 文官たちが決済の終わった書類を持って先に引き上げていき、執務室にはユリウス王子と、近衛騎士であるアーネストが残された。彼らも戸締まりをして今日の仕事を終えようとしていたところ、ふとユリウスがアーネストを呼び止める。


「なあ、アーネスト」

「何でしょう、殿下」


 アーネストは、机の上を片付けながら顔を上げる。


「先日の話だが……何故、あの時エディリーン嬢は、俺とロッテの仲を取り持つようなことをしたのだと思う?」


 アーネストは手を止めて、きょとんと目を瞬かせる。


「……そのようなことを言われても……」


 どうして今更そんなことを言い出すのだろうと首を傾げるアーネストに、ユリウスはやや身を乗り出して言い募る。


「あのエディリーン嬢がだぞ? ほとんどの他人のことなんぞどうでもいいと思っていそうで、自分の尻は自分で拭けと言って憚らない彼女が。俺が王族だからといって、決して権威に媚びたりしないし、ずけずけと遠慮なくものを言う彼女が。わざわざ俺とロッテの仲を心配して、俺を焚きつけるような真似をするなど、おかしいと思わないか?」


 それはエディリーンに対する評価があんまりじゃないかと思ったし、彼女も一応は外聞を気にして、王子であるユリウスに多少の遠慮はしているはずだ。だが、あながち的外れとも言えない気がして、言われてみればその通りだとアーネストも思ってしまった。


「……確かに、日頃の彼女からは、あまり考えられない行動かもしれませんね」


 本人が聞いたら怒りそうな発言だ。二人はふと窓や扉の方に目を遣り、彼女がどこかで聞き耳を立てていて、この場に乗り込んできたりしないかと警戒したが、そのようなことは起こらなかった。二人は無意識に胸を撫で下ろす。


「……気にならないか?」


 ユリウスは声を潜めて身を乗り出す。


「気にしすぎでは?」


 嘆息するアーネストだが、ユリウスは自分の主張を引っ込める様子がない。


「いいや、絶対に何かある。あの時以来、エディリーン嬢がロッテと微妙に距離を取っているような気がするし、俺にも普段よりよそよそしいように思えるのだ」

「はあ」


 距離を取るも何も、エディリーンはシャルロッテ姫の付き人でも何でもないし、どちらかといえば王子を通して関わりがあるだけだ。ユリウス本人とも、近衛騎士であるアーネストとは違って、普段から積極的に関わっているわけではない。やはり気にしすぎではないかと思うが、ユリウスは続ける。


「――そして、知っているか、アーネスト。このところ、宮廷夫人たちの間で、ロッテが国から持ち込んだ恋愛小説が流行っているらしい」

「はあ、それが何か?」


 嫁いできた姫が故国の文化を持ち込んで流行らせる、大いに結構なことではないかと思うが。


「聞きかじった話だが、その内容が、王子とその近衛騎士の、禁断の愛を描いたものらしい。詳しい内容までは知らないが、その騎士は男装の女騎士という設定だそうだ」


 男装の女騎士、という単語に思うところはあったが、それがどうしたというのだ。はあ、とアーネストは何度目かの気のない返事をする。


「そして、ロッテは夜な夜な、何か書きものをしているようなのだ。度々紙やインクを買い付けていると聞くしな。その小説の作者は、市井の人間ということになっているが、俺はその人物の正体がロッテではないかと睨んでいる。エディリーン嬢もおそらく小説を読んでそう推測し、中身に何らかの問題を感じて、あのような行動に出たのではないかと俺は見ている」


 つまり、ユリウスはシャルロッテが小説の中で、ユリウスに対する不満や何かを吐き出しているのではないかと思っているということだろうか。しかし、アーネストは首を捻る。

 創作物の中とはいえ、思想に問題ありとされれば、不敬罪や反逆罪に問われることもあり得る。シャルロッテ姫がそんな愚かなことをするとは思えない。


「これは、内容を確かめないわけにはいかないと思わないか?」


 そうのたまうユリウスの瞳は、少年のような好奇心に輝いていた。


「……つまり、姫が書いたと思われる小説を、単純に読んでみたいのですね?」


 随分と回りくどい言い方をするものだと呆れたアーネストだが、


「俺には王太子として、宮中で何が行われているか、監督する義務がある」


 もっともらしいことを言ってふんぞり返るユリウス。


 この人は、言い出したら聞かない。

 臣下として、主君の望みを叶えるのはやぶさかではないが、女性の世界に男が首を突っ込むのも野暮だと思う。それに、その小説をシャルロッテ姫が書いたという証拠はない。

 しかし、アーネストもエディリーンが何故あのような行動に出たのか、言われたら気になってきたので、探るだけ探ってみるかと思ったのだった。




 とはいったものの、どうしたものかとアーネストは思案する。下手に嗅ぎ回っては、すぐに勘付かれて警戒されてしまうだろう。そうなったら、彼女は人を信用しない野生動物のように、決して心を開いてはくれない。そんな事態になるのは避けたいところだ。


 何かいい方法はあるだろうかと考えていた翌日、上手い具合に城内でエディリーンと行き会った。ちょうど仕事に区切りをつけて休憩しようとしていたところだったらしいので、お茶に誘った。離れの一室を借りて、女官に頼んでお茶とお菓子を運ばせる。


 湯気の立つお茶を一口すすって、エディリーンは焼き菓子に手を伸ばす。相変わらず美味しそうに食べる様子を見て、アーネストも微笑ましく思う。本人にその自覚はなく、言ったところで反発されるのは目に見えているが。

 さて、面倒なことはさっさと済ませてしまいたい。どう話を切り出そうか思案して、結局単刀直入に切り出すことにした。


「そういえば、最近女性たちの間で、恋愛小説が流行っているそうじゃないか。君は読んだ?」


 エディリーンは一瞬口元を歪め、目を泳がせる。


「…………読んでない」


 奇妙に間の開いたその返事で、読んだのだなとアーネストは確信した。彼女は隠し事はするが、嘘を吐くのは下手だ。気を許していない相手、特に敵が相手の場合は見事に本心を隠してみせるが、身近な人間が相手だと気が緩むらしい。


「どんな話なんだ?」

「だから、読んでないって……」


 しらばっくれようとするエディリーンだが、アーネストと目を合わせようとしないし、口調も明瞭さを欠いている。実にわかりやすかった。

 にこにこと笑顔で見つめるアーネストに、エディリーンはそっぽを向く。


「……お前は知らなくていい」

「そう言われると、気になるな」


 アーネストが笑顔を浮かべながらも追及を諦める気がないのを悟って、


「……男が読んで楽しいものじゃないと思うぞ」


 一言ぼやいてから、エディリーンは観念したようにぼそぼそと件の小説の大筋を話した。

 それでアーネストも、エディリーンが何を懸念し、先日のような行動に出たのかを納得した。


「考えすぎではないか? 妃殿下は、そんな悪意のあることをする方ではないと思うぞ」

「……わかってるよ。馬鹿馬鹿しいと思って忘れてたのに、蒸し返すな」


 聞いた限りでは、なんのことはない、他愛のない恋愛小説だ。読者が勝手に登場人物の題材が自国の王子や誰かだと思ったとしても、証拠もなければ思想に問題のあるような内容でもないだろう。

 もういいだろうと冷めてしまったお茶を飲み干そうとしたところ、アーネストはあることに気付いて、もう一度口を開く。


「ああ、もしかして、俺にも同じように疑いを持たれるのではないかと思った?」


 ほんの思い付きで言った一言だが、エディリーンは飲みかけのお茶を噴き出してげほげほとむせ込んだ。予想外の反応に、アーネストは目を丸くする。


「ばっ……そんなわけあるか!」


 口元を袖で拭いながら、エディリーンは憤然として腰を浮かせる。その様子に、アーネストは悪いと思いながらもくすくすと吹き出しながら、両手を肩の上に上げて降参の意を示した。


「冗談だ。悪かった」


 エディリーンはそんなアーネストに憮然とし、そっぽを向いて座り直すのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王女様は妄想がお好き 月代零 @ReiTsukishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画