日付が変わる五分前
文芸部の部誌というのは、原稿を数人が落とすリスクというものを常に抱え込んでいる。締め切りまで二ヶ月の猶予を設けたとしても、物語を思いつくまでの執筆できない期間の長さは作品の完成度を左右してしまう。そんなことははじめからわかっていた筈だ。それでも私は、とある新入部員の作風に惚れ込んでしまった。そして、彼女の作品を渇望するようになった。文化祭の部誌に必ず彼女含めた全員の作品を載せること。それが私の目標になった。
さめてしまったアイスコーヒーのグラスが机の上に水たまりを作っている。締め切りはもう五分後に迫っているというのに、まだ彼女の原稿は上がってこない。メールの受信箱の再読み込みボタンを一度、二度、三度と連打する。それでも新しいメールは届いていなかった。私は二十三時三十分を指す時計を見て、携帯電話を手に取った。彼女とのチャットルームを開き、音声通話のボタンを押す。
「頼む、繋がってくれ……!」
「すみません部長、あと一時間待ってください!」
必死の祈りが通じたわけではないかもしれないが、何にせよ彼女は電話を取ってくれた。
「一時間……ってことは零時半まで待てばいいんだね?」
そう尋ねると彼女は「はい」と言って、電話の向こうから聞こえる声の背後に被さるノイズが少なくなった。
「原稿でできないかもしれないところとかある?」
「第三部分と第五部分以外の私の担当場所全てですね」
「待って、君の担当部分は四つだから半分はできてるってこと?」
「いえ、ほかの二つの部分は半分ほどできていて、今言ったところはあと十分ほどで終わります」
「じゃあできたら送って。それからほかの二部分もできるまで締め切りを延長するから」
「悪いですよそんなの」
「原稿が出ないほうがこっちとしては都合が悪いんよ」
「そうですね、では頑張ります。通話はつなげたままでお願いします」
「頑張ってな」
そう言ってパソコンの画面に目線を戻し、時計を見れば日付が変わる五分前である。
残暑の夜 古井論理 @Robot10ShoHei
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