あの日言えなかったこと
二年前、まだ自分が高校生をしていた時を思い出すような痛恨事だった。夜通しパソコンに向かって何とか納期ぎりぎりの原稿を仕上げたと思ったのに、データが保存する前に消えてしまっていたという惨事から早くも十六時間、徹夜作業も二夜目に入れば頭のネジなどとうに緩み、果ては理性や正気といった重要部品すらも取れてくるもので、僕は誰に向けてともなく、まとまりのない言葉の羅列を口の中でつぶやき始めていた。その中に流れていった言葉のどれかに、はっと胸の奥を突き刺されたような思いがした。
――どうして、僕は今こんな気分になっているんだろう。
何か靄がかかったような言葉の小川とは違う、ある種はっきりとした感覚。鋭い痛みも、冷たく鋭利な……何だろう。そこを言葉にしようとすると何か判然としない恐怖が頭を支配する。本能的な恐怖ではない、何か心臓を締め付けるような、しかし理性に基づいた痛みだ。その心臓を締め付けるというのも胸が苦しいとかそんなロマンチックなものではなく、トランプでタワーを作っていて最後の一枚を載せるときのような、ジェンガの崩れないぎりぎりを責めるような、そんな感覚。緊張と言うには何か違う情動。誤解を恐れず説明するなら「これまでうまくやってきた成果の全てが無に帰すことに対する恐怖」とでも言おうか。とにかくそんな感情が不意に僕を襲った。そして、説明しようとするたびに川に流れていった言葉の前から靄が消えていき、明瞭にその言葉を認識できるように視界が晴れていく。
「あなたのことが好きです」
これを言ってしまっては、恐らく……いや十中八九、それまで積み上げてきたものが無駄になる。そう考えて、積み上げてきたものを崩さないギリギリのタイミングにしか口に出さないと決めた言葉、極限的にはひらがな二文字で表せる気持ちが僕を
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