8)さらに十年後、雑用奴隷の最後の証言

 だから、言わんこっちゃない。オラはもう開いた口が塞がらないだよ。

 二十年だぜ、二十年。故郷離れて幾星霜、なんて言葉があるが、本当にやっちまうなんて。ローマと睨みあってうろつくこと既に二十年。こんなところで手をこまねいているだけで何もしないなんて。

 確かに居残り組には特別手当が出るが、しまったなあ、無理を言ってさっさと故郷に帰っていればよかっただよ。挙句の果てはスキピオだっけ、そんな名前の奴が出て来ちまった。

 強そうだな。今度のローマ軍。二十年前とは大違いだ。前のときは老人ばかりだったが、今度のは若い奴らだろうな。ああ、ハンニバルのご老体、またもや象なんか揃えちまってさ。象なんか役に立たないって。全然懲りてないや。

 まあ、本国でも人間の兵は集まらないようだから、象でも集めるしかなぁったのは分かるだよ。二十年前はカルタゴ兵はほとんど死んだしな。それも戦じゃなくて、山の中で。それ知ったら人は集まらんわな。傭兵だって命は惜しい。この二十年、やって来る補充の兵と来たら、本当の食いつめ者ばかり。まともな兵隊なんか一人もいやしないや。

 この戦終わったら、本当に国に帰れるのかなあ、オラあ。

 みろよ、あれ、ヌミディアの騎兵たち、今度はローマ側についているぜ。二十年前の戦のときはあいつらのお陰で勝ったのに、ハンニバル将軍と来たら、ちっともあいつらを大事にしなかった。挙句の果ては敵のローマ人が大金であいつらを雇っちまった。二十年前になんで負けたのか、敵の方が良く知ってらあね。

 待てよ、ということは、今度負けるのはオラたちかい。ちょっと待ってくれ。冗談じゃないだよ。

 死にたくはないなあ。



9)お付きの少年兵の証言


 だから言ったんだよ。まあ、小声でだけど。

 将軍のお供で故郷を出てから二十年。懐かしのカルタゴを出るときには少年だったオレも、今じゃ立派なおっさんだ。よく考えたらこの人の身の周りの世話は、全部オレがやってきたんだよな。

 しかしまあ、この人は何なんだろう。まあ、それほど惨い将軍じゃなかったとは思うよ。でも良い将軍でも無かった。

 オレもそれなりに勉強したし、軍議の席にも出た。まあ、小姓として、酒を配って歩いただけだけど。だから判るんだ。ハンニバル将軍がどれほどの愚策を繰り返したのかを。

 戦略家としては駄目。戦略目標がまともに立っていない。どうすればローマを負かしたことになるのか、何も見えていなかった。ぐずぐずと二十年もさ迷った挙句、敵に再起の時間を与えてしまった。


 戦術家としても駄目。ヌミディア騎兵の強さが判らずローマに奪われるし、最後まで象兵に頼ろうとして失敗したし。

 もうこの遠征軍は駄目かも知れない。

 でもそうなれば、久々に故郷に帰れる。もしカルタゴがまだこの世に残っていれば。

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その名はハンニバル のいげる @noigel

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