7)十年後、雑用奴隷の再証言
だから、昔、オラは言ったよな?
あのバカ将軍に。
攻めるか、退くか、はっきりしろって。
十年だぜ。十年。もう故郷の顔なんか忘れちまったぜ。
まあ、でも、さしものオラも、もうすぐ交代させて貰えるさ。次に故郷から来る連中が、きっとオラに代わってくれるだよ。
でも増援ってわけじゃないんだろうな。あくまでも置き換え、だ。
まあ、判らんでもない。本国の連中に取っちゃここの状況なんて伝聞でしかない。金がかかる遠征隊としか思っちゃいない。それも戦利品が入るまでの辛抱と考えていたのに、なんと十年が経っているんだから。これ以上の増援なんか出すわけがない。
余程鈍い連中以外はここでの戦いが実際には何であったかはもう気づいている。出かけて行った兵士はほとんど帰って来ない。聞かされる戦果は毎回同じ話ばかり。アルプス越えの大勝利の話だ。
結局のところ、この遠征隊は延々とカルタゴの富を吸い上げてローマ市近郊でウロウロしているだけの遊兵に過ぎないんじゃないかって。この遠征費だけでもカルタゴに取っては莫大な負担に違いないだよ。
おまけにここで本気でローマを攻めようとするなら、この十倍の人数でもまだ足りないと知ったら腰を抜かすだろうな。なんせ最大級の要塞なんだから、このローマ市ってやつは。
バカ将軍が愚図ついている間に、ローマは防備をガチガチに固めちまっただよ。近づいただけで大岩が空から降って来るし、堀は思いっきり深くされて、おまけに逆トゲまで植わっている。
これじゃあ、オラだって判る。もう無理だって。
こうして粘っていれば他の都市国家が反乱に加わるだって?
冗談だろ?
ローマの力は落ちていないし、それにだいたい、ローマはそこまで周囲には恨まれていないだよ。一度中に取り込まれてしまえば、なかなかに居心地のいい国だしな。食い物は一杯あるし、お楽しみもわんさかだ。異人種でも手柄を上げれば受け入れるし、他の変な国よりはまともだよ。そう、カルタゴよりもさ。なんというか、そら、文明化されているんだよ。
ローマに攻め込もうなんて馬鹿いるとしたら、蛮族のガリア人ぐらいのものだよ。そのガリア人たちだって、今はローマに従っているし本当にそんなことをするとも思えない。
だいたいもしローマ市を占領できたとしても、カルタゴの力ではローマ帝国そのものを占領なんかできはしないだよ。となるとどうするんだろう。いつまたローマ人が反乱するのかビクビクしながら、ずっと占領政策を続ける?
いやいや、そんなこと、無理も無理、大無理というものだよ。
恐らくハンニバル将軍が考えていたのは、ローマの軍隊を都市の外で撃ち破れば、軟弱なローマ人はただちに負けを認めて、賠償金を差し出して平和を請う、なんじゃねえかな。
だけど世界一の先進国で、おまけに超大国のローマが、小国カルタゴにそう簡単に屈するはずが無いだよ。そりゃそうだ。帝国全土に散らばる兵士を集めたら、それだけでカルタゴの人口越えてしまうような国が、負けを認めるわけがないだよ。
そこのとこ、判らなかったのかね、うちの将軍は。
ああ、いやだ、いやだ、今日もまた実りの無い会議で日が暮れる。本国からの締め付けは厳しくなるばかりだし、いつローマの軍隊が都市から飛び出して来るのか知れない。
オラももう逃げ出したい気分だよ。
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