強迫

たかのすけ

迫りくる者

 これは僕がある病気に罹った時の話である。


 あれ、家の鍵閉めたっけ。

ガチャガチャッ。朝の出勤であれこれ3往復ぐらいしただろうか。

会社員25歳の自分は昔からある事に悩まされている。

極度の心配性だ。

家の鍵を閉めた瞬間をこの目で確認しても尚、少し家から離れると不安になる。

無理やり考えないようにしていても心の何かが溢れ出しそうですぐ家に戻り鍵の確認をしてしまう。それも何度も。

友人や知り合いにこの事を言うと笑って馬鹿にされる。

「やりすぎでしょ笑」

「こわ笑」

その時は自分も笑って過ごす。確かに傍から見れば可笑しなことなのかもしれないが僕からしてみれば至って普通の事なのだ。少し不安症なだけ。そう言い聞かせて日々過ごしている。

 今思えば昔から少し片鱗のようなものがあったかもしれない。

何か不安なことがあれば真っ先にしネットなどで調べたり解決策を模索したりしてる。四六時中ずっとその不安要因の事ばかり考えていた。

よく考えていたのは病気系の事だ。自分の体にしこり等を見つけるとすぐに癌と思い込みひたすら調べてしまう。もしかしたらそれは正しい事なのかもしれない。

万が一それがきっかけで癌が見つかればすぐに治療できる。実際にそれで早期発見に繋がった例もある。

でも当時学生という事もあって親に相談できずにずっと心の中に押し込んでいた。

診察が出来ない。その代わりにネットで調べて自分の症状と病気のだった時の症状を照らし合わせ、大丈夫だったら安堵する。しかし数時間後にはまた不安になり参考にした記事や情報を見て再び安堵する。この繰り返し。

自分でも大丈夫だと思っていてもやっぱり確認してしまう。この例は病院に行かなかった時の例だが、実際に病院に行って診察をしたこともある。検査をして医師から病気の可能性は無いと言われると安心する。

それでも数週間後には不安になってしまう。その後は病院には行かず再びネットで調べる日々を過ごすのだ。

今、振り返ると当時の自分は笑顔が少なかった気がする。

 何故、自分だけがこんな目に合わなければならないのか。内心疲れ果てていた。

仕事に集中できない。というのも頭の中では常に鍵、電気、水と家の事を考えているからだ。鍵は閉めたか、しっかり電気は消したか、水は出しっぱなしにしていないか等出勤前に散々確認したのにも関わらず心配になっている。

勿論日常生活としてこれらの確認行為は普通の事なのだが僕の場合は確認しても何故か自分の中で納得ができず繰り返し同じ行動をしてしまう。いっそのこと家の中に監視カメラでも設置しようかと考えているほどに。というより設置する予定だ。

何回か確認したい気持ちを押し殺して外出したこともあったがやはり心が張り裂けそうになり結局家に戻ってしまった。

そしてつい最近新しく不安要因が増えてしまった。

車だ。

現在住んでいる所は関東のはずれにある田舎。自分は出勤時車を使うのだが、運転しているとガードレールにぶつかっていないか、歩行者と接触していないか等最近心配になってきている。

車を運転し始めた頃はまだそこまで心配にはならなかった。

勿論安全運転に徹している。

しかし自分は大丈夫と確信しても尚不安になってしまう。ドライブレコーダーの映像を何度も確認する。

映像の中は至って普通に走っている映像が流れる。

見ている内に何故こんな事をしているのかと思うようになってきた。

勿論それは自分を安堵させるため。

これらの一見で大丈夫だと確信している映像を何度も見るという自分が異常だと気が付いた。

 段々と外に出られなくなってきた。

食材等の買い物は家から30分程のスーパーに歩いて行っている。まだ買い物はできるが極力車は使いたくない。

理由は簡単、使えばまたドライブレコーダーを見てしまうからだ。

最初は自分を落ち着かせるためにやっていたことが次第に義務のようになってきた。

確認しないと落ち着かない。

確認、確認、確認。何かあったら確認。

もう疲れてしまった。

 休日は友人達と通話しながらゲームをする。今流行りのFPS。

日々の愚痴や会社の愚痴を言い合いながら楽しむ。

自分にとっていつもの日常とは違い平穏な空間でなんだか落ち着く。

小学校からの付き合いの人や高校からの付き合いの人。

実は何故かゲームの中では現実のように過度な心配や不安を抱かない。

さらにこの現象、実は友人達とリアルで遊んだ時も発動するのだ。

多少は不安を抱くこともあるが、孤独の時に比べると楽なのだ。

言葉で表すのが難しいが知っている人が近くに居ることで孤独の時より集中が周りの環境から友人の方に向いてるからではと自分なり思う。勿論真相は知らない。

そんなある時友人が自分の家に泊まりに来た時があった。

とても楽しかったのを覚えている。彼らは地元に就職し僕だけ離れた所に就職。

お盆、年末を省くと会う機会は年に1回有るか無いか。皆、ゲームの時よりもはるかにテンションが高かったのを覚えている。

しかし、あることがきっかけで場が凍った。

「暇だし買い物がてら散歩でもしよーぜ」

一人がそう言い放ち、何人かが立ち上がり外に出た。

自分も外に出て鍵をかけたその時だった。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

自分にとっていつもの事だった。しかし彼らの目には狂気に見えたらしい。

真顔で言われた。

「お前病気じゃね?」

 結論から言うと僕は仕事を休職した。

彼らからの助言で僕は病院それも心療内科に行くことにした。

最近は聞かないが昔で言う”精神科”だろうか。

まさか自分がこういう場所に行くとは夢にも思わなかった。

昔から病気を疑っていた事はあったが実際は何にもなく健康的な体だったからだ。

そして病院に到着。病院とはいっても小さなクリニック。

極力車は使いたくないため家から数キロ先にあるここにわざわざ歩いて来た。

普通のクリニックなら時間は掛かるが予約なしでも診察は受けれるところが多い。

しかし、心療内科は最初から予約をしないと診察をしてもらえない所が多い。

”理由は一人一人の患者と向き合うため”だとか。

ホームページにそのような事が書かれておりやはり普通の風邪と違って治療が難しいのだろうと思った。

ここは心療内科以外にも整形外科等がある。そのためか正面玄関からは足を引きずった人やマスクをして咳き込んでいる人もいる。

そして時折明らかに顔が暗い人が玄関から出てくるのだ。

何となく察した。

勝手に人の事を憶測で考えるのは失礼だが恐らく彼は心の病気でここに来たのだろう。僕は彼が完治できるようその場で願った。

病院に入り受付を済ませ問診票を受け取り椅子に座る。

その問診票だが、質問事項が妙に通常の物とは違って見えた。もしかしたらしばらく病院に通わないうちに問診票が新しい形になったのかもしれない。

Q、現在困っている症状を教えてください。

A、日常生活の些細な事でも気になって不安になってしまう。そして確認をしないと物事に集中できない。その影響で車の運転が出来なくなってしまった。

最初の質問事項は一般的だがこれ以外が妙にプライベートの事を聞いてくるのだ。

自分はその後も質問に答えていった。

 問診票を受付に返し自分の番号が呼ばれ二階の心療内科の待合室の移動した。

部屋に入った瞬間息をんだ。先ほどいた一階の待合室とは全然違う。

部屋は明るいはずだがなんだが雰囲気が暗く重い。

この部屋自体建物の端っこにある。

人が純粋に少ないっていうのもあるがなんだが重いのだ。

この部屋に居るのは自分を含め3人ほど。

皆スマホを見ているが全員おそらく何かしらの症状があるのだろう。

ぱっと見ると何処にでもいる普通の人のように見える。

しかし心の病気は怪我とは違って症状があまり表にでない。そのため見た目は普通でもその人自身はかなり苦しい思いをしている。

こうしてみるとなんだが不思議な気分だ。

時間が経ち段々と人が居なくなりついに自分の名前が呼ばれた。

看護師に案内されながら診察室に入る。

するとそこにはやや太り気味の医師が座っていた。

とりあえず座る自分。問診票を片手に医師が話しかけてきた。

「些細な事でも気になっちゃうんだ?」

最初の言葉がそれだった。

「そうなんです」

そう答えると医師はパソコンに何やら文字を打ち始め質問をし始めた。

「そして確認しないと落ち着かないっていうこと?」

「そうです」

淡々と答える自分。

「運転の事だけど詳しく教えてくれない?」

「はい。運転しているとガードレールや歩行者に当たったりしないか不安になるんです。それでドライブレコーダーで何回も確認とかしたりしてしまいます。」

医師はうなづきながら文字を打つ。

「個人的には少し心配性なだけかなって思っていたんですけど、友人に勧められて今日診察に来ました。」

車の事だけではなく少し経緯も含めて答えた。

医師が文字を打ち終えたタイミングで真顔で自分の顔を見て口を開いた。

「貴方病気です」

 意外と自分は冷静だった。というのも長年自分自身を苦しめてきたものがようやく分かったからだ。ただここまでストレートに言われるとは思ってもみなかったが。

病名は「強迫性障害」

初めて耳にする病気だった。

そして診断が下された後はスムーズに事が進んだ。

「仕事は休職する?まずは1ヶ月だけど」

「お願いします」

「次は1週間後に来てほしいんだけど何曜日来れる?」

「え~っと.....」

とんとん拍子で進んだ。

休職する事が決まり、薬の処方も決まった。そして次の予約も入れられた。

正直その後はあまり記憶が残っていない。

診察室から出て一階に戻り診断書を受け取り会計を済ませ正面玄関から出る。

薬局に行き薬の説明を受け、帰路に立つ。

あまり考えないようにしていた。考えても治らないことは知っているからだ。

そして考えたら考えるだけ辛くなるという事を。

 休職して数か月が立つ。

結局のところいまだ完治はしていない。

それもそう、ずっと昔から続いて来た病気をほんの数か月で治す方が難しいだろう。

医師はしっかりと薬を飲んで治療すれば治る可能性はある。と言われたが正直厳しいのではと思う。

友人たちに病気の事を伝えると色々な意見が飛び交った。

「心の病気なんだから薬云々じゃなく自分の気持ち次第で治るんじゃないの」

「俺も昔から心配性なんだよね」

「今はゆっくり休んでください」

ネットでも様々な情報が溢れているが今回はあまり調べないようにした。

症状は少し和らいできたと言って良いだろう。

しかし今1番困っているのは病気もそうだが金銭面や仕事についてだ。

純粋にお金がない。そして仕事もこのまま休職していると退職扱いになる。

完治しない状態で再び仕事を始めても結局また発症し最初に戻るだけだ。

現在自分が置かれている立場はかなり厳しい。

親密な友人には休職している事は伝えてあるが他の知人にはあえて伏せている。

意外と自分の周りに精神疾患を患っている人はあまりいない。

そのためか理解されないことが多いからだ。

普通に会話をしていると、

「あれ普通じゃん」

と言われることもしばしば。

仲が良い人でもこの対応。それ以外の人だったら想像が容易につく。

 時折思う、果たして完治するのだろうかと。

最悪の想像をして将来に絶望し泣いた夜もあった。

それでも僕は前を向いて歩いて行かなければならい。

それでも僕は治ることを信じて今日も薬を飲み続ける。





※ここまで読んでいただきありがとうございます!

この作品はやや実話が入っているものの基本的にはフィクションになっております!

久しぶりの投稿ですが今後も低頻度ではあるものの書いていくのでよろしくお願いします!


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強迫 たかのすけ @Takanosuke_Asakusa

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