最終話 10年後のある日(隼人視点)

「あれから10年か」


「だねえ、あの時の言葉覚えてる?」


 忘れるわけがない。十七歳の俺はねずみの国でちさきに告白したのだ。


「ねえ、休みの日だけどブライダルフェア行かない?」


「そうだなあ。ちさきはどんな結婚式がしたいのかな?」


「わたしはねえ、大きくなくて良いから、家族は呼びたいなあ。もちろん真香と拓也もね」


「俺は家族と山川教授かな」


「確かに真香のお父さんは、恩人だもんねえ」


「うん、俺が医師を目指したのも、そして今先生の大学病院で働いてるのも先生のおかげだよ」


「おかげでわたしは看護師になったんたけどねえ。えへへへ、でも看護師って大変だよ」


「確かにそうだな。夜も遅いし、何かあったら駆けつけないといけないしな」


「エッチな患者さんもいるしなあ」


「なんかされたら、言えよ」


 俺は思わずAVものの光景を頭に浮かべた。現実にあるはずはないことだけども。


「そんなことあるはずないよ。たまにお尻触られたりはあるけども、そう言う時は先生に言ってきつく叱ってもらってるよ」


 車内でやったら完全に犯罪だが、患者に関してはすぐに警察沙汰にはできない。非常に難しいところだ。


「まあ、なら良いけどね」


「大丈夫だよ。何人かの先生から告白されたけど全部断ってるしさ」


 俺とちさきが付き合ってるのは院内では有名だが、それでも告白する奴がいるのか……。


「大丈夫だよな?」


「えへへへ、心配してくれるんだね。大丈夫、大丈夫、わたし、そんな軽い女じゃありませんよ」


 病院では医師と看護師が結婚することがとても多い。それもあってか、看護師に告白する医師が多いのは当然だ。


「隼人こそ、可愛い看護師さんに告白されて、浮気なんかしちゃダメだよ」


 そう、もちろんその逆もある。と言うかこちらの方がはるかに高いのだ。こんなにきついはずの看護師を目指す理由の一つに医師と結婚したいという理由がある。


「俺は大丈夫さ」


「どうだか、この前も2人から告白されてたよね」


「よく知ってるなあ」


「だって、話題の新人医師だもの。聞きたくなくても色々耳に入ってきますよおっ」


「大丈夫だよ」


「絶対だよ……信じてはいるけどね」


 ちさきも二十七歳。そろそろ結婚したいのだろう。ブライダルフェアもそう言う理由で出てきた言葉だと思う。今年、医師になった身で結婚して良いのだろうか、と思ってしまう。


 高校生の俺は知らなかったことだけど、医師になるためには、六年間大学で勉強して二年間の臨床医師勤めが必要になる。やっと医師になって一年目。俺はまだ新米医師なのだ。


「こんなに医者になるのが大変とは思わなかったよ」


「本当だねえ。そう言う意味では看護師も大変だよ」


「確かに不定期だよね。結婚したらできれば……」


「そうだね。分かってる。でも開業したら一緒に病院するよね?」


「もちろんだよ。でも、それまでにはお金も必要だしさ」


「独立となると、やはりお金が必要だね」


「貯めて行かないとねえ」


「あっ、そろそろ行かないと……」


「本当だ。じゃあ週末楽しみにしてるからね」


「ああ、そうだね」


 俺もちさきも仕事が忙しく週末も会えない日が多かった。当直や論文の提出など仕事以外にもやらなくてはならないことが多い。だからこそ、結婚すべきだと思う。このまま、ちさきの好意に甘えていては、俺たちはダメになる。





――――――――




「今日は早いね。珍しい」


「折角の週末だしさ。こうして仕事以外で会えるの二週間ぶりだしな」


「ふふふふっ、そうだねえ。仕事に忙しくて本当にそれどころじゃなかったよね」


「ちさきしか見てなかった。あの時は若かったな」


「もう、おじさんみたいなこと言って、ほら行くよ!」


 俺とちさきは式場に向かった。休日の式場はブライダルフェアが行われてる。デートの一環として行くため、結婚しないといけないと言う強迫感はない。


「ここ40階がチャペルになってるんだって……」


 ブライダルフェアで訪れた式場はホテルの最上階がチャペルになっていた。


「こちらのエレベーターでチャペルに向かいます」


「うわ、凄いよガラス張り、なんか怖いね」


 エレベーターがガラス張りで本当に落ちそうだ。高所恐怖症の人には無理だな。


 チャペルに入ると全面ガラス張りで眼下にミニカーのような車が走っているのが見えた。


「こちらが最上階のチャペルでございます。雰囲気を味わっていただくために、讃美歌をお渡しいたします」


「母なる……」


 数人が讃美歌を歌っている。敬虔なクリスチャンでもないが、結婚式はキリスト式がいい、と言うちさきの希望で、そうなりそうだ。


「ね、どうだった?」


「結婚する時はあのホテルがいいな」


「でも、おばあちゃんとかどうだろ」


「あのおばあちゃんなら喜ぶんじゃないか?」


「言えてる」


 俺たちはブライダルフェアの後、カフェでコーヒーを飲んでいた。今日はケーキセットを注文している。


「ここのいちごショート美味しいよね」


「うん、モンブランも美味しいよ」


「じゃあ、ちょっと貰うね。わたしのも食べていいから……」


 いかにも恋人同士だなあ、と思う。初めの頃は恥ずかしそうにしてたけど、今は当たり前のように俺の食べたところからケーキを食べる。間接キス……、まあそんなお年頃でもないか。


「モンブランも美味しいよ。そう言えばさ、真香の子供の聡太くん。ケーキ食べられないんだって」


「マジかよ。それ人生半分損してるぞ」


「ケーキ食べれない子供って結構いるらしいよ」


 真香が拓也と結婚して四年か。取られるものかと学生結婚を決めた真香。本当に狙った獲物は逃さないよな。真香らしいと言うか……。


「完全に拓也と真香に置いてかれたなあ」


「本当だねえ、真香凄い積極的だったよね」


 それに比べて……、と言う言葉がそこに含まれてることは俺もわかる。医師になるために時間がかかるのはわかる。でも、もっと以前に結婚できなかったかと言われるとそうでもなかった。だが、もうそんなこと言ってられないだろう。最近、ちさきへの告白が増えてるのは、俺が結婚に踏み切らないからだ。


「そうだ。これから行きたいところがあるんだけど、いいかな」


 だから、俺は決断することにした。


「どこに行くの?」


「秘密だよ」




――――――――




「えっ、なんで……ここ……」


 式場のあった東京駅から浦安までは近い。俺たちはねずみの国シンデレラ城の前にいた。


「あの日から、ここにしようと決めてたんだ」


 その言葉を聞いたちさきは目を輝かせて俺を見た。


「本当に待ったよ」


「うん、ごめん。かなり待たせたね」


「ちさき、君とずっと一緒にいたい。結婚してくれるかな?」


 俺の心臓は壊れそうなくらいドキドキしていた。落としてはダメと思いながら、カバンからティファニーのロゴの入った箱を取り出す。


「もらってくれるかな?」


 ちさきの表情が花が咲くように笑顔になる。ごめんね、長い間待たせたね。


「……はい」


 ちさきが左手を差し出してくる。俺はなれない手で箱を開けて、その左薬指に指輪をはめた。


「綺麗……なんか嬉しい」


「実は去年から用意してた」


「えーーっ、早く欲しか……あっ」


 俺はその言葉が終わる前にちさきの唇に自分の唇をつけた。


 こうして、長く続いた俺たちの物語は幕を閉じた。


「ちさき、大好きだよ。これからもよろしく」


「わたしの方こそ隼人、ずっとあなたを支えていきますね」


おわり




――――――――




ここで、ちさきちゃんの物語はおわりです。


長い間ありがとうございました。


次回作も考えてますが、少しだけお休みです。


今後ともよろしくお願いします。

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大好きな幼馴染が寝取られ、俺たち四人の関係はバラバラになる。数日後、残った幼馴染から告白され、寂しさから付きあった。寝取られが彼女の告白を成功させるための嘘だなんて、思ってもみなかった。 楽園 @rakuen3

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