第9話

「忘れ物は?」


「大丈夫」


「駅まで車で」


「歩いていけるよ、亮にい」


 例の過保護な叔父さんは、玄関前で私を見送る。古橋さんや彰人、無事退院した佐々木のおばちゃんも、わざわざ見送りに来てくれた。


「大袈裟だってば、みんなして。私はちゃんとやっていけるから」


「沙奈絵ちゃん、体に気ぃつけてな」


「向こうでヘマすんじゃねぇぞ」


「高校行っても、頑張って」


 ほんと。お節介な人たちだ。


「みんな、元気でね。もう行くね」


「沙奈絵。これ……」


 亮にいが、私に何かを手渡した。見ると、封筒らしい。


「なにこれ。手紙? 亮にいから?」


「香織さんから」


「え──?」


 私ははっと息をのんだ。そして、古橋さんとか、他のみんなも亮にいの方を見た。


「生前、手紙書いてたんだ。お前宛に」


「私に……」


 私は封筒をしっかり手に持って、「ありがとう」と呟いた。


「ねぇ、みんな。私、東京行って、立派になって、お金稼いでそして──」


 絶対帰ってくるから。


 みんなは、笑いながら行ってらっしゃいと見送ってくれた。




 駅のホームで、私は電車を待ちながら手紙を読むことにした。東京行きの電車が来るまで、あと10分弱はありそうだった。



 沙奈絵へ


 今日は桜が綺麗に咲いてる。沙奈絵は元気にしてますか? 亮ちゃんに手紙を託そうかなって思ってるんだけど、今手紙を読んでる沙奈絵は、何歳になりましたか? 本当はあの人に託したかったんだけど、いくらなんでも頼りなさすぎるから、弟の亮ちゃんに頼もうと思います。


 私に癌が見つかって、その拍子に彼の単身赴任が決まって。彼は私が大好きなこの町で、娘には育ってほしいらしいから、1人で行くことを選びました。口下手な彼はきっと、沙奈絵には秘密にしてたんだろうけど。


 沙奈絵は、お父さんのこと恨んでる? 自分のこと見捨てたって、思ってますか? それもそうよね。あの人はなにも言わないから。そんなふうに思ってても仕方ないよね。でもね、あの人は誰よりも、沙奈絵のことを愛してるんだよ。だから、どうか嫌いになんてならないであげてください。


 お母さんは沙奈絵に何もしてあげられないから、せめてお父さんだけは、許してあげてください。あの人がうちに婿入りして、すぐ後に私が妊娠して。私たち2人は、約束したの。。だから、娘の養育費を稼ぐために、あの人は単身赴任を決めたんだと思う。自分は寂しがり屋なくせにね。


 今までずっと1人にして、ごめんね。でもお父さんとお母さんは、いつも沙奈絵のことを見守っています。これからも頑張って。


 母・香織



 読み終わった時、ようやく私は自分が泣いていることに気づいた。手紙に落ちては散る、涙の粒。


「私のお父さん、は……」


 ずっと、近くにいたんだ。毎週末、私の様子を見に来てくれていたんだ。私、そんなことこれっぽっちも知らなかったよ。


「お父さんっ……」


 私は駅のホームを駆け抜けて、さっき歩いて来た道を引き返し、夢中で走った。




 会いたい。会って話がしたい。言いたい。


 私が今までずっと、どれだけ寂しかったか。


 どれだけその存在を求めていたか。


 そしてどれだけ、会いたかったかということを。

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東京行きたい。 夜海ルネ @yoru_hoshizaki

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