第2話
「ただいま…」
僕は恐る恐る重い扉を開け、中に入った。
「おい」
ビクッと身体が震えた。やっぱり、帰ってきていた。
お父さんは僕が中へ入ってすぐに僕の左頬を叩いた。
「門限を5分過ぎてるぞ。予備校はとっくに終わってるはずだろう!どこをほっつき歩いていた」
「ご…ごめんなさい、予備校で質問してたら遅くなっちゃって…」
冷たい視線が、僕の心を一気に冷やしていく。
「フン、今回は許す。だが次は無いぞ。覚えとけ」
「は、はい」
「早く支度して2時まで勉強しろ。お前にはもう時間がないんだ。自覚もて!」
「はい…」
僕はギュッと唇を噛んだ。
夜。一人で勉強してた僕は、ペンをコトンと置いた。
『…集中できないな…まだ2時にはなってないけど、もうお父さんもお母さんも寝てるだろうし、ちょっとだけなら』
そう思い、スマホを開いた。
『…今日のあの人の歌が忘れられない』
「なんていう曲なのかな」
15分くらい調べたが、瀬凪乱という人の歌は出てこなかった。
『まあたかが路上ライブで歌うような曲だもんな。検索しても意味ないか』
僕はスマホをベッドの上に投げ捨て、再び机に向かった。
「あと、2ヶ月。2ヶ月、頑張れば…」
数日後、僕は予備校で自習していた。
『ここはこの公式を当てはめて…うん、多分これで合ってるはず』
『ふう…これで数学の課題は終わった。後はー』
ー♪ー♪
「!」
僕ははっと顔をあげ、窓の方を見た。すると換気のために窓が開いていた。
「今日…金曜日か」
僕は自習室に誰もいないことを確認してから、そっと窓を覗き込んだ。
外には、いつもと変わらない人混み。だけどそこにポツンとアコギを持った少女が、一生懸命歌っていた。
[また聴きに来てよ、最前列で!]
「…っ」
何を迷ってるんだ。僕は今日、9時まで自習しなきゃいけないんだぞ。将来のために、やらなきゃ、やら、なきゃー
「ー以上、瀬凪乱でした!今日も聴いてくださりありがとうございました!」
僕は、いったい何をしてる。
結局最後まで最前列で聴いてしまった。もう、9時になるのに。
でも僕は、走ってまで、彼女の歌が聴きたいと思ったんだ。
「あ、紫音君!」
僕はー
「紫音君ってば!」
「わっ、ごめん…」
「あはは、いいよ。ところでさ、今日も一緒に、どう?」
「あ…今日は…その…」
「新曲を特別に聴かせたげるからさ〜」
「う…」
【ごめんなさい、予備校で質問したいところがたくさんできちゃったから帰るの遅くなります】
「はあ〜歌った後のタバコは良いねえ」
こないだと同じ路地裏で、彼女はそう言った。
「…どうして僕なんですか」
「何が?」
「ほ…他にも、観客はいたはずなのに、どうして僕だけこうやって路地裏なんかに連れ込んでタバコ吸ってるんですか」
彼女はんーとしばらく考えた後、
「好きになっちゃった、から」
とにやけながら言った。
僕はドキリとした。
タバコの煙が、強く握っていた拳を開くように誘った。
「それよりもさ、新曲、聴きたい?」
「あ…」
そうだ。僕は今日この人について来たのは、新曲が聴きたくて来たんだ。
お父さんに、嘘をついてまで。
彼女はタバコを捨てアコギを取り出し、地べたに座った。
「まだサビしか完成してないんだけど、特別ね」
「…うん」
ああ 明日の君はどんな気持ちでいるんだろう
笑ってたらいいな
泣いてたらそっと ハグをしよう
そうしよう
ああ 明日も君と 君の好きな煙草を2人で吸おうね
だからそれまではどうか
生きていてね
「…どう?!」
彼女は自慢げに僕の方を見た。
やっぱり、拙い。けど、どこか心に残るようなメロディー。
『心が、温かくなる』
「えー無視?!悲しいんですけど!」
「ああごめん。えと…良かったです」
「そう、なら良かった」
えへへと笑いながらアコギをしまい、再びタバコを手に取った。
「そういえば紫音君、敬語じゃなくていいよ、歳近そうだし」
「あ…はい」
「も〜そんなに固くならないの!はいじゃなくてうん!」
「う、うん。…あ、そろそろ帰らないと。」
「そっかあ〜。また、聴きに来てくれる?」
「あ…」
僕はまた、返事ができないまま彼女に背を向け路地裏を後にした。
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