第5話
それから、彼女は週に2回駅前で路上ライブをやっていたのが、だんだんと回数が減り、ついには姿を現さなくなった。
それに伴って、俺もまた忙しくなったのもあって、彼女と会う回数が減った。
いつしか、2年も時が過ぎていった。
俺はまだ医者になるために多忙な日々を送っていた。
彼女はー音沙汰がないままだ。連絡先は交換したはいいものの、俺から何か送ることは少し気が引けたので何も言わないまま時だけが過ぎていった。
『…そういえば何してんだろうな、彼女は』
「おい橘。研修中だぞ。ぼーっとすんな」
「あ…はいすみません」
「フー、やっと昼休みだー!」
「今日の飯もうまそうだな」
同級生の五十嵐と鈴木と共に、俺は昼ごはんを食べに病院の食堂に来た。
「橘は今日も手作り弁当か」
「うん」
「よく毎日作るよなあ羨ましいぜ」
「そういうなら作れば良いのに」
「バカ言え、こんなん作ってたら実習に遅れるって」
「まあまあ…あ」
鈴木の箸の手が止まった。視線がテレビの方にあったので、俺も釣られてテレビの方向を見た。
テレビではちょうど、バラエティー番組をやっていた。
「ーさあ今日のゲストをご紹介しましょう!」
「今回初登場の瀬凪乱さんです!どうぞよろしくお願いします!」
「え」
俺は、二度見した。
すると、画面に俺の知ってる瀬凪乱が映った。
「今映ってる子可愛い〜!」
「瀬凪乱…?聞いたことないな」
「…」
「え、お前、まさか知ってるのか?勉強しかしない紫音が?」
「…心外だな。」
「本当に知ってるのか?」
「…まあね」
ガタッと五十嵐が立ち上がり、俺の肩を掴み揺さぶった。
「クソおおなんで紫音はこんな可愛い子知ってるんだよおお!!」
「知ってるってだけで大袈裟だな」
「くううこの余裕っぷり!!ウザすぎる!!!」
「ほらもう変なこと言ってないで、もうすぐ昼休憩終わるよ、戻ろう」
そう言い、鈴木は食器を返却しに行った。俺も、片付けを始めた。
『…もっと時間があったら良かったのにな』
そっと、そう思った。
その日の帰り道。俺はいつもの喫煙所に立ち寄っていた。
フウ、と吐き出した白い煙は、細々と夕闇に溶け込んでいった。
『…今日も疲れたな』
でもー
[初めまして、瀬凪乱です!よろしくお願いします!]
『今日は、少し嬉しい気がする』
「…願わくば、もう少し見たかったな」
そんな俺の願いは、神様が聞いてくれたのか、すぐに叶った。
彼女は瞬く間にテレビや雑誌、ラジオなどに引っ張りだこになり、「瀬凪乱」を見ない日はほとんどなくなった。
「なあなあ昨日のテレビ見た?」
「見た見た!乱ちゃん可愛かった〜」
「紫音は見たのか?」
「…まあ」
このように実習先の病院でも、一躍有名になっていった。
ただ、彼女が歌う姿はまだ一度も見かけてないことに、俺は何故か寂しさを抱えていた。
『…変わったもんだな』
彼女も、俺も。
そう思いながらラウンドへと向かった。
その時だった。
ー♪ー♪
「!!」
間違いない。彼女ー瀬凪乱の歌声だ。
『何処から聞こえるーあ』
俺はラウンドへと向かう足を止めた。少し先にあったテレビから、繊細だけどパワフルな曲が病院のロビー内に鳴り響いていた。
『やっと…やっと聴けた』
なんだかホッとした気分になった。パッと、画面が切り替わり、瀬凪乱が全面的に映し出された。
路上ライブの頃と変わらない笑顔が、そこにはあった。
「こらあ!橘!早くラウンド来んかあ!!」
「あっ…す、すみません!今行きます!」
俺は慌てて病棟の方へ向かおうとした時、一瞬、彼女と目が合った気がした。
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