最終話
彼女がいなくなった日の後、俺は医者になることをやめようとした。
もう、俺の目標だった彼女はいない。だったら、またどうして医者になろうと思ったのか。そんな思いが拭えなかった。
もう、いいや。やめよう。
そう思った時だった。
「やめないで」
目の前に現れたのはー瀬凪乱だった。
「乱…?どうして、ここに…」
ああ。これは夢だ。そう分かっているはずなのに、涙が溢れ出た。
彼女はニコニコしたまま動かなかった。
俺は近づこうとしたが、どんなに動いても、乱に近づけなかった。
「お医者さんになるの、やめないで」
「どうして…?」
「世の中には、私みたいな人がたくさんいると思うの。だから、今度はその人たちを救ってほしいんだ」
「でも…俺は…乱を…」
「…私は仕方がなかったんだよ。やめろと言われてた煙草もお酒もやってたしね」
クスクスと乱は笑った。
でも俺は、笑えなかった。後悔と、寂しさだけが籠った。
「ねえ紫音君」
ふと、顔を上げると、さっきまで遠くにいた彼女が、目の前にいた。
「大丈夫。紫音君ならきっとできる。煙草を私だと思って大事にしてね」
「俺は…」
「大好きだよ、紫音君」
「…!」
半透明の乱は、そっと俺を包み込んだ。
「約束、守れなくてごめんね」
「…っ、ううんっ、俺こそ…守れなくてごめん…っ」
涙が、止まらなくなった。
俺はしばらくオイオイと子供のように泣き続けた。そして気づいた頃には、乱の姿は見当たらなかった。
それから3年。俺はようやく一人前の医者になることができ、大学附属の病院にて勤務していた。
配属先は、児童救急病棟。
ここには軽傷から重症まで様々な患者さんがやってくる。
もちろん、乱のように心臓に病を抱えている子もー。
俺はまだ、乱を救えなかった後悔は拭いきれてない。だけど、乱の言う通り、彼女と同じような子たちはたくさんいる。
『全員、救えたら、俺は俺自身を許すことができるのかな』
ふと、そう思いながら煙草を吸った。
今日の煙草は、なんだか懐かしい香りがした。
[煙草を私だと思って大事にしてね]
「ああ。大事にするよ」
『そしていつか…俺もそっち側へ行ったら、新曲、聴かせてよ、乱』
「俺まだサビしか知らねえよ」
フッと笑いながら、歌詞を口ずさんだ。
ああ 明日の君はどんな気持ちでいるんだろう
笑ってたらいいな
泣いてたらそっと ハグをしよう
そうしよう
ああ 明日も君と 君の好きな煙草を2人で吸おうね
だからそれまではどうか
生きていてね
「橘先生!急患です!」
「分かった。今いく」
俺は持っていた煙草を捨て、急いで病棟へ戻った。
「頑張って」
驚き、後ろを振り返った。…が、当然、誰もいなかった。けど、俺は声の正体は知っている。
「ありがとう、乱。いってきます!」
煙草心
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます