第2話 まだ見慣れた旅路

「いやー、ようやく旅が始まったって感じだねー」


深海2000mの中央都市を出発して約5時間ほどが経ち、少し前までは遠くに見えていた中央都市も、いつのまにか見えなくなっている。長くお世話になった故郷が見えなくなっていくのは、少しだけ不安感も覚えるけれど、それと同時に、そんな旅の始まりを切ったという実感に心が浮かれる。


「まあ、この辺りまでは一度来たことはあるけどね」

「そうだねー。逆に言えば、この辺りから先は行ったことないから、何があるのか楽しみだな」

「……まあ、楽しみにするのは構わないけど、一応そろそろ周囲の警戒もしながら行こうね。何があるかも、分からないから」

「分かってるよー。でも、多分この辺りはまだまだ安全だと思うけどね」


この辺りは、中央都市から遠めの漁業をしに来る人たちもたまにいるらしい。

一応、ぎりぎり日帰りでも来れる位の場所だから、私たちも前に一度、試しにここまで来たことはある。

特に目立った地形も無くて、ほとんど危険のない場所だ。


そもそも、中央都市自体が周囲にあまり危険のない場所に作られたから、中央都市から離れない限りは基本的に安全で、逆に言えば中央都市から離れれば離れるほど危険が増す、ということになる。


……まあそういうこともあって、今までで中央都市から出ようとする人はめったにいなかった。そのせいで、この星に関する考古学的な研究もあんまり進んでいないし、他の星のことであればなおさら、それを記した文献は少なくとも中央都市には存在しない。そもそもこの都市から出ようともしないから、他の星のことなどはどうでもいいのだろう。


「村までは、どの位かかるだろうね」

「うーん……このペースならまあ、5日か6日位で着いたら早い方なんじゃないかな」

「なるほど。それじゃあ、遅くとも1週間以内を目標にしたいね。私は地図はそんなに得意じゃないから、方角とかは一応小春も確認しておいてね」

「りょうかい!」


私たちは今、この中央都市の近くにあるらしい村に向かっている。ただ、実際にその村に行ったことがある人がいるわけではなく、一応文献上そこにあるらしい、というだけなので、はたして本当に存在するのかは正直怪しい。けれど、今はそんな情報でも信じてみるしかないので、とりあえずそこに村があると信じて、今私たちはその場所を目指している。


「でも、今思ったんだけどさ、地図があれば方角は分かるけど、高さは分からないね」


そう言う照に、私は少し上を見上げる。そこに映るのは、綺麗な紺碧に澄んだ、際限なしに広がる深海と、その中を自在に泳ぐちょっと不思議な見た目をした魚たちだけ。この遥か上に、果てしない空が広がり、広大な宇宙に星が瞬くというのだから、やはり浪漫はあると思う。


「まあでも、何かあるとしたら、地上にしかない気もするけどね」


そう言って私は、私たちの下を指さす。私たちは基本的に泳ぎながら移動しているので、地面はもう50m位下にある。


文献によると、昔は私たちの人種はそこまで泳ぎが得意だったわけではないらしいのだけれど、この星が海に覆われてから、そういう風に進化したらしい。そもそもなんでこの星が海に覆われたのか、とかはまだよく分かっていないみたいだけど。


「確かに、地上にしかないと言われればそれはそっか。だとしたら、見逃さないように注意しなきゃね。これで村に気づかずにその上を素通りしちゃったら悲しすぎるから」

「これで村が見つからなかった時が一番厄介だけどね。素通りしちゃったのか、村がそもそもなかったのか、って」

「……もう少し低いところ泳ごっか」

「賛成ー」


正直、高いところを泳いでいる方が気分的に楽しくはあるのだけれど、まあこればっかりは仕方ない。先に下へと移動する照に続いて、私もその高さを下げる。

何となくまた気になって上を見上げるも、さっきとは全く変わらない深海と、見慣れた魚たちが泳いでいるだけだった。



  ◆



「そろそろお昼にするー?」


あれからさらに1時間が経ち、時間はもうお昼時を回っていた。移動の途中、食べられる深海魚を2匹ほど確保したので、お昼はそれになるだろう。

深海魚とは言え、思っているよりかは食べられるタイプの魚は多い。この辺りがまだ安全な区域だから、というのもあるけれど、都市から離れればそれだけ人が来る頻度も減るから、ある程度距離の空いた都市外であればそこそこ魚はいるのだ。


まあ、とはいえ深海魚も流石に手づかみでいくわけには行かないので、深海魚を確保する際はもりで突っつく感じになる。結構サバイバル。

この辺りはまだ知っている魚ばかりだからいいけれど、その内、図鑑とかにも載っていない魚が出てきたときは対応に困りそうだ。


「そうだね、大分お昼の時間も過ぎちゃってるけど、今からお昼にしようかな」


そうして私たちはひとまず地面に足をつけ、リュックを降ろす。

そしてその横に、折り畳み式の小さなキャンプ椅子2つと、組み立て式の簡易テーブルを置き、小さなリビングを完成させる。まあ、キッチンも兼ねたリビングだけれど。


「包丁とか、そういうのも小春のバッグの方だったよね?」

「そうだよー、今出すから待ってね」


料理道具は……、結構下の方に入れてしまったかもしれない。

こうリュックが大きいと、荷物が色々と入るのはいいけれど、その分物の出し入れが大変だ。私は何とか料理道具をリュックから取り出し、テーブルの上に置く。


「それで、料理は照がやる?」

「そうしようかな。小春はお手伝いを頼むよ」

「はーい」


都市にいた時も、私が料理を作るのは朝食だけで、昼食と夕食は基本的に照が作っていた。

照は、機械工作みたいに何かを作ったりすることが好きだから、料理を趣味で作るのも、それと似たようなものなのかもしれない。

……たまに失敗して、攻撃的な料理を作ったりすることもあるけれど。


「保存食みたいなのは作るの?」

「保存食はー、今は作らないかな。時間的にも、夕ご飯の時に作ろうか」

「分かった。……といっても、作るのは多分照になっちゃうと思うんだけど」


結局のところ、私もレシピを覚えてその通りに動くことはできるけれど、やっぱりちゃんと味の分かる照が料理した方が調整がしやすい。

……一度でいいから、照の料理を食べてみたかったけれど。


「うん、これで、完成かな。本当は、野菜とかがあれば嬉しかったんだけどね」


照が昼ご飯に作ったのは、魚の塩焼きみたいだ。野菜は、深海で栽培するのは中央都市の技術でしか出来ないから、まあ仕方がない。


「お疲れー。後片付けは済ませておくから、食べてていいよ」

「ん、ごめんね小春。それじゃあ、お言葉に甘えて」


そう言って照は、自分で作った料理を満足そうに食べ始める。ふと周りを見渡しても、遠くに魚が泳いでいるくらいの何もない静かな空間が続いていて、なんだか私たち二人だけがここに取り残されたような、そんな気持ちになる。


「まだまだ先は長そうだね」


そんな私を見てか、照がそう話しかける。その言葉に村のある方向をちらりと見ても、悠遠まで続く深海の先には何も見えない。


「んー、まあまだ初日だしね。ここからだよ」


これからの旅路で、どれだけ周囲の環境が変わるんだろう。今までの見慣れた景色を見て、尚更そう思う。


「でもやっぱ、早いところ、この辺りの見知ったところは抜けちゃいたいね。この景色がずっと続くのは、ちょっと飽きちゃいそう」

「……そうだね。もっと、色々な未知がある場所に行きたいな」


そう言うと同時に、昼ご飯を食べ終わったらしい照は、立ち上がって行く先を見つめる。後片付けも既に終わっているので、ここからまた夕食まではしばらく移動になるだろう。


「私はもう準備終わってるから、照の準備が出来たら進もっか。少し休憩してからでもいいけど、どうする?」

「いや、いいかな。それよりも、早く先に進んじゃおう」


 そう言う照は、もう移動の準備に取り掛かっている。


「ん、照がそう言うなら。でも、途中で疲れたら言ってね。ここまででも、もう大分泳いでるから」

「そうだね。午前と同じように、泳ぎ疲れたところで休憩していく感じで行こうかな」


そう話しながら照は準備を終え、一つ伸びをしてから、置かれたリュックを背負う。


「さて、それじゃあ本日後半戦、頑張っていきますか」

「おー!」


私は、先に泳ぎ始めた照の後ろを追って、また村への旅路を歩み始めた。

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