機械少女と深海旅行

栞のお部屋

第1話 千里の道も一歩から

「えーと、テントも入れたから、後はこの写真だけかな」


そう言って手にするのは、もう何十回も見た、満天の星空の写真。星屑の滝についての文献を探しているときに、ふと見つけたこの写真。私たちが目指す ”夢見る星” も、もしかしたらこの写真の中に写っているのかもしれない。


もはや見慣れてしまった写真だけれど、今、この出発の日にもう一度見てみると、どこか勇気づけられるような、そんな気持ちにもなる。


この海に覆われた星のどこかにある、星屑の滝。そこに行けば、”夢見る星” に辿り着ける。今考えても、幻想のような話だと思う。でも、だからこそ、目指してみる価値がある。私は、そう信じてる。


「さて、これで、旅の準備はおしまい」


目の前に置かれた、少女が持つにしてはあまりに大きすぎるリュックのファスナーを締め、私は壁にかかった時計の時刻を確認する。


「うーん……。てるを起こすには、少し早いかな」


外では、真っ暗だった都市に段々と明かりが灯ってきているけれど、いつもの時間にはまだ少し早い。私は、することもないから仕方なく、いつものように1人でリビングの椅子へと腰を掛け、壁にかかった時計を見つめながらその時を待つ。


機械少女の私にとって、この夜の時間、つまり照が寝ている時間は最もつらい。私には睡眠というものが必要ない分、その時間は起きて過ごさなければいけないのだ。せめて照が起きていれば、他愛のないお話でもして楽しくこの時間を過ごせるのに。


「あと40分…」


いつもであれば、暇のあまり外を散歩したりしている頃だが、今日はあまりそういう気分でもない。今日の旅の出発へのわくわくで、心がそわそわしているのが自分でもわかる。


今日くらい、少し早く起こしに行ってもいいかもしれない。いつもだったら照に申し訳なくてしないことだけれど、今日だけはこの虚無の時間に耐えられない。そう思い、私は椅子から立ち上がって、少し迷いながらも、でも結局、照の部屋へ向かうことにした。



コン、コン、コン。


「照ー? 入るよー?」


軽いノックの音とともにそう呼びかけるも、予想通り返答はない。まあいつもの時間でも返答がある方が稀なのだから、私は特に気にすることもなく、照の部屋にお邪魔させてもらう。


「おーい、照ー。起きてよー」


そう言われながら私に揺さぶられる照は、まだ小さなうなり声を上げながら反対側を向いている。いつもより少し早く起こしに来てしまったことに若干の申し訳なさを感じるけれど、でも私は照を起こすのをやめない。


「ん……、はいはい、今起きるよ」


そんな内に、とうとう観念した照はそう言ってゆっくり起き上がり、眠そうに大きな伸びをした。


「おはよう、照」

「ん、おはよう、小春こはる

「いやー、ようやく、だね。準備は大丈夫そう?」

「ああ、昨日のうちに準備は終わらせてあるよ。でも一応少し確認をしておきたいから、先に朝ごはんの準備だけお願いしてもいいかい?」

「はーい。じゃあ先にリビングで待ってるね」

「うん、悪いね。私も少ししたら向かうよ」


ということで、私はまだ眠そうにベッドに座る照を背に、一足先にリビングに戻る。まあ、もう朝ごはんはほとんど作り終わっているから、恐らく15分もしないうちに朝食は並ぶだろう。


私はさっきまでよりも上機嫌に、キッチンに向かって料理を進める。照は今頃着替えているか、旅の最終確認をしているか、あるいは旅の地図を見返しているのかもしれない。


……まあ、旅の地図といっても、大昔の、誰が書いたのかもわからない、たった1枚の地図なのだけれど。その地図に書かれているのは、この都市-中央都市-と、星屑の滝、それに、いくつかの聞いたことのない村。後は、海中樹? とかいう場所くらいだ。

一応、他にも何か書かれていたみたいだけど、文字が擦れてしまっていたり地図が破れてしまっていたりして読むことはできなかった。


そんな、果たして信頼できるのかも怪しい地図だけれど、一応、他の村の存在は他の文献でも確認はされているみたいだし、その村の位置が本当に正しいのであれば、一応信頼できる地図、ではあるのかもしれない、というのが私たちの考えだ。

……まあ、これ以外に星屑の滝の場所が載っている地図がないから、これを頼るしかない、という理由もあるのだけれど。


「ごめんね小春、こっちの確認はもう終わったから、作り終わったものがあれば、テーブルまで持っていくけど」


と、そんな地図のことで少し不安になっていると、どうやら着替えと確認を済ませたらしい照が、キッチンまで来てくれた。


「あー、じゃあ、そこにあるやつだけ先に持って行って欲しいな」

「りょーかいー」


そう返して、照は私が言った料理と、収納からお箸を一膳出して、テーブルへと持って行ってくれた。……本当だったら私も一緒に食べたいのだけれど、機械少女である私には、残念ながらそれは叶わないらしい。

まあ、もうそれは仕方のないことだと分かっているし、私の作った料理で照が喜んでくれているなら、私はそれで十分なのだけれど。


「片づけはー、残りは後でもいいかな」


照が運んでくれている間に他の料理も作り終わり、その流れで、もうテーブルについている照のところへと向かう。


「お待たせしてごめんねー」

「別にほとんど待ってないよ。それじゃあ、冷めないうちに頂いちゃおうかな」

「はいどうぞー」

「ん、じゃあ、いただきます」


結局、私には味というものが分からないから、ただレシピの通りに作っているだけなのだけれど。


「んー、やっぱり朝の味噌汁はおいしいな」


でもまあ、こうして美味しそうに食べてくれるなら、昔、照のお母さんからレシピを学んでおいた甲斐はあったと思う。……適量ばっかりで、ちゃんとした値を出すのは少し大変だったけれど。


「そういえばさ、今日はいつもより少し早いんだね。この時間に朝ごはんってちょっと珍しいような」


あ。……私が照の朝食タイムを上機嫌に横から見ていると、急に核心を突いたことを照に言われてしまった。


「あ、あー……。いや、それはなんというか……ちょっと、私1人で待ってるの寂しいなーって……」

「あはは、なんだ、そんなことかい」

「だ、だってね、照が寝てる間、私すっごい暇なんだよ!? 外は真っ暗だし、照がいないからお話もできないし……」

「うん、知ってるよ。もう、何回も聞いた。だから別に、怒ってないし、何ならいつもこの時間に起こしてくれてもいいんだよ?」

「……ううん、でも、それは、嫌なの」

「……分かった。でも別に、いくら早く起こしても、私は気にしないからね。それだけは覚えておいて」

「うん。それも、分かってるよ」


そんな話のうちに、いつの間にか照は朝食を食べ終わっていた。一応、照は遅れながらに「ごちそうさま」と言って、その後は2人で食器の片づけを済ませた。

まあ、はたしてもうこの家に戻ってくるかも分からないから、片づけをする必要があったのかと言われれば微妙だけれども。


「……さて、これで行く準備は完全に整ったわけだけれど。こう、いざ出発の時となると、何か忘れていることがないか不安になるね」

「んー、まあ、多分大丈夫だよ。どれだけ準備しても、足りないものはきっと出てくるから」

「それは大丈夫と言えるのかな……。とはいえ、確かにそうだね。今更、今までの準備を憂うよりかは、そう割り切って前を向いていた方がいい」


そう言って自分のリュックを背負う照に続いて、私も自分のリュックを背負う。


「……なんというか、小春のリュックは、私が背負ったら潰れちゃいそうだな」

「まあまあ、こういう荷物運びは私に任せてよ。そのために私がいるんだから」


照とは違って私はあくまでも機械。だからこそ、私にしかできないことだってある。

適所適材、とは言うけれど、実際、自分が上手くできないことは他の人に任せてしまった方が良くて、その分、自分が得意なところで頑張ればいいだけなのだ。

……照が前に私に言ってくれたことの、受け売りだけど。


「うん。頼りにしてるよ、小春。無理はしないようにね」

「うん、分かってるよ。私も、照のことはすっごく頼りにしてるから」

「それじゃあ……行く前に、少しだけ」


そう言って照は、玄関横に置かれている、照のお母さんの写真に向かって、手を合わせる。

私も、照に続いて、お母さんの方へと向き直って、手を合わせる。

しばらくそうして、各々が心の中でお母さんに言葉を紡いだ後、私たちは再び顔を上げてドアの方へと向き直った。


「それじゃあ、行ってきます、お母さん」


その言葉とともに照がドアを開けると、そこにはいつもと変わらぬ都市の姿が映し出される。あまりにもいつも通りなこの都市の様子に、ただ私たちだけが、いつもの日常とは違う世界に足を踏み入れようとしているという実感を覚える。


そう、ようやく今日、私たちは ”夢見る星” への大事な一歩を踏み出したのだ。


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