第37話


ダイアン本社、マーケティング部。


異動願いが通り、恭介は毎日そこで忙しく働くようになっていた。


互いの家に挨拶に行き、蓮美と中古の家を買って、リフォームをした。


2LDKのマンションの大家には事情を話し、違約金を払って、マンションからそう遠くない場所に引っ越しをした。蓮美が妊娠しているから、同じ医者に診てもらえるように。


蓮美はすでに産休に入っている。というよりもう、生まれそうなのだ。朝け方から陣痛が始まり、タクシーで病院へ送って、本社へ仕事をしに来た。


こういう時、男はただ気を揉むことしかできない。


「福田さん、病院から電話です」


午後四時過ぎ。電話を取った一人の社員が恭介を見て言う。


部署がざわついた。恭介の心臓も唸る。部署の人たちはみんな、蓮美と恭介が結婚し、子供が生まれることを知っている。そうして、生まれるときはスマホではなく会社の電話にかけてもらうようにとの部長命令が下っていた。


一人で抱え込むよりみんなで安心して働ける会社に。そういう会社の方針からだ。


「こちらに回してください」


電話を回してもらう。緊張しながら、受話器を耳に当てる。


「もしもし、私、関東総合病院産婦人科のミキモトと申します。福田恭介さんでお間違いないでしょうか」

「はい、間違いございません」

「おめでとうございます。生まれましたよ」


女性の声は、明るく弾んでいた。


「本当ですか」


思わず立ち上がる。


「はい。元気な女の子の赤ちゃんが二人。午後三時五十分頃、立て続けに」

「仕事が終わったらすぐ行きます」


何度も電話越しでお辞儀をする。


電話を切ると、マーケティング部部長がデスクから声をかけた。


「生まれたのか?」

「先ほど生まれたそうです」


すると部署内から拍手が沸き起こる。おめでとうございます、とあちらこちらから声が飛ぶ。恭介はありがとうございますと、低姿勢で言う。


「今日はもうあがれ。それで子供に会ってこい。そのほうが奥さんも安心するだろう」


配慮のある部署だった。もともとダイアンは、ホワイトだ。


「ではそうさせて頂きます」


今抱えている仕事だけ全力で片付け、挨拶をして本社を出る。太陽がビルとビルの間から眩しい光を放っている。


朝岡とも新村とも、たまに飲みに行っている。朝岡は東京グリーン店の店長となり、今は若い男性社員と組んでいる。


迫田は相変わらずの態度だそうだが、就活は本腰を入れているらしい。




本社勤務から、あっという間に月日が流れる。季節はまた、秋から冬になりつつある。


一年前の騒動が、思い出が、スライド写真のように次々に恭介の脳裏に浮かんでは消えていく。


関東総合病院へ行くと、面会を頼んだ。看護師に案内されて、子供を見に行く。


赤ちゃんの並んだ新生児室のガラス戸の向こうに、似たような顔の女の子が二人並んでいた。


まだ目も開いていない。だが、二人とも小さな手足を動かしている。


その様子を見て、思わず笑みがこぼれる。


魂は巡る。生も巡る。また、ここから始められる。


「二人ともお帰り。無事に生まれてきてくれてありがとう。またよろしくな」


ガラス越しでそう呟き、急いで蓮美に会いに行った。


                         「了」

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成仏させたい 明(めい) @uminosora

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