第36話
深沢がいなくなり、新しいバイトがいる。一月に面接をしたのだ。
フリーターと大学生の女性二人を採用し、今は朝岡とバイトの教育に励んでいる。
二人とも、呑み込みが早い。基本的に、昼間三人、夜二人の交代制だが、深沢に負担がかかっていたような気がしたので、二人雇うことにした。
客の入りも少ない時期だから、教えやすい。
接客にはまだ緊張した面持ちで臨んでいる。二人の仕事ぶりをレジから眺めながら、朝岡に言う。
「俺、来月異動願いを出す。本社の内勤に」
「マジですか」
朝岡は驚いたように目を見開いた。
「ああ。通ったらの話だが、春からこの店を頼む」
「いや、いや。福田さんがいなくなったら俺、寂しいですよ。迫田君も悲しむでしょう」
焦ったような声が聞こえてくる。
「迫田君も春から就活するって言ってたからな。卒業までやめないとも言っていたけど、バイト、増やすか」
「バイトは構いませんが、福田さん以外の人と組むなんて考えられないです」
「朝岡と組んで長いからなぁ。でも、俺も体力面が心配な年になってきたよ」
朝岡はくるりと後ろを向き、財布が入っている棚のガラスを磨きだした。
「……仕方がないんですかね。お子さん生まれたら体力必要になりますし」
「そうそう。そこなんだ。体力の心配がなければまだ店で働いたんだけどな。多分、この店で朝岡が店長になる」
「なんで?」
朝岡が振り返る。
「俺が推薦しておくから」
「それ、プレッシャーですよ。二番目にいる位置がちょうどよかったのに」
「まあ、頑張ってくれ」
「はぁ、仕方がないなぁ」
朝岡は息をついた。
バイトの一人が不安そうにきょろきょろとしていたので、フォローに入った。
真冬。外は寒い。吐く息も白い。
新村と会う日だ。居酒屋の入り口で待ち合わせをし、中に入る。
居酒屋。いつか沙耶と来た居酒屋だ。今日は個室ではなく、テーブル席に座った。
今では沙耶と居酒屋に来たことも、懐かしく、そして愛おしく感じられる。あの時二人で語ったことも、まだ覚えている。沙耶という人格がもういないことに、ふとした寂しさを感じることもある。もちろんあゆみも。
生まれてくる子供たちは、性格が変わっているはずだ。恭介の知っている沙耶とあゆみは、もうどこにも存在しない。
「奢りだ。好きなだけ頼んでくれ」
「いいですよ。半分出します」
「今日は、話があって来たんだ」
全て話そう。これまでのことを。
新村は姿勢を正した。
注文したものがひととおり来ると、乾杯をして、そして新村にこれまでのことを話した。再婚したこと。沙耶のこと。あゆみのこと。地蔵菩薩が言ったこと。あゆみが新村に言っていたこと。その二人が生まれ変わって、蓮美のお腹の中にいること。
「え……え? つまり、あゆみさんは仏様の計らいで生まれ変わって、今お父さんの新しい奥さんのお腹の中にいるということですか」
「そうなる。半ば強引に、俺があゆみを生まれ変わらせるようにしたんだがな」
新村はしばらく、目を瞬かせていた。そうして生ジョッキをグイッと飲んだ。
「……なんだか信じられません。でも、あゆみさんもそれを願ったのなら僕にはもう何も言えません。もう、あゆみさんはどこにもいないんですね。俺がもし天国へ行くことがあったとしても、もうあゆみさんには会えないんですね」
目を潤ませていた。
「でも、あゆみの魂を持った子が、生まれてくる。あゆみは苦しみから解き放たれて、新しい生をこの世に受けるんだよ」
「……幸せになれるなら、それでいいです。今度こそ好きな人と出会って結ばれる運命になることを願います」
まだ、気持ちの整理はついていないようだ。
「赤ちゃん生まれたら見に来るか」
「はい。見に行きます」
言って新村は涙を流した。
「いつでもおいで」
あゆみの生まれ変わりを見ることで、新村の気持ちは清算されるだろうか。
時間は解決しないというデータがある。でも、新村は進むしかない。
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