第35話


 蓮美と一緒に指輪を買いに行き、歳末セール後に、蓮美が引っ越してきた。

 

二人で一緒に年末を過ごし、年を越す。二人、同じ家で年を越すのはなんだか嬉しかった。蓮美とは一緒に年を越したことはなかった。クリスマスらしいクリスマスも、年始もあまりゆっくり過ごせない。


なぜなら駅ビルで働く職員は、元旦を除いた年末年始も駆り出されるからだ。


一日休むだけでは疲れは取れない。


年明け七日目。客の入りはフェアや歳末セール程ではないが、それでも客はやって来る。それぞれの事情を抱えて。それぞれの家庭を持って。


新村とも、年末に一度会い、メールでやり取りをしている。


朝岡や深沢、迫田と和やかに仕事をこなし、家に帰る。今日は蓮美が休日だから、料理を作って待ってくれているはずだ。料理は作れるときに、作れる方が担当している。


急いで帰路につく。マンションには、明かりが漏れていた。それを見てほっとする。


沙耶がいなくなり、蓮美が引っ越してくるまでは、毎日真っ暗な家に帰宅していた。


それがなくなっただけでも、どことなく精神が安定する。


「ただいま」


鍵を開けて、そういう。シチューのいい香りがした。


「お帰りなさい」


蓮美がいつも以上の厚着をして出迎えた。部屋は暖房もきいている。


「寒いのか?」


恭介にはちょうどいい温度に感じられるので、靴を脱いで顔をしかめる。


「寒くはないんだけどね」

「ならなんでそんなに厚着を?」


蓮美は微笑んで、お腹に手を当てた。


「お腹を温めているのよ。冷えないように」


それって。


蓮美が言わんとしていることがすぐにわかった。


「妊娠したのか」

「数日前から体調に異変を感じて、今日婦人科へ行ったの。六週目で、双子ですって」

「双子?」


恭介は思わず声を上げた。


「とにかく、シチュー食べながら話をしましょ」


洗面室で手洗いとうがいをする。姉妹で、年の差があって生まれてくるものだと思っていたけれど、まさか双子で生まれてくるなんて。


急いで食卓につく。白いシチューが目の前に並べられていた。


「妊娠が発覚する前、不思議なことが起きたの」


蓮美は綺麗な所作でスプーンでシチューをすくう。


「なに」

「夜目が覚めて、水を飲みに行ったのね。そうしたら、白く光る丸いものが二つ宙を浮かんで、私のお腹の中に入っていったの」

「それって」

「うん、多分……」

「あゆみと沙耶だな。同時に生まれてくるなんて、信じられない」

 

蓮美は上目遣いで恭介を見た。


「嬉しい?」

「もちろん。決まっているじゃないか」


恭介は涙ぐんだ。あゆみも沙耶も、自分たちのもとへやってきてくれる。


新しい生を持って、記憶をなくしてやって来る。


「絶対に、絶対に幸せにしような。後悔させない人生を送らせてやろうな」

「ええ。そのつもり。私も、あの二人のお母さんになるんだって思ったら、気の引き締まる思いがする。名前も考えなきゃね。まだ性別はわからないけれど」


シチューは、温かく、まろやかな味がした。


長いこと感じられていなかった幸せを、今肌身で感じている。


「生前の沙耶やあゆみの言動と、仏様の配慮があるとしたら、女の子じゃないか」


沙耶は好きになった男性から愛される喜びと生きる喜びを知りたいと言っていた。あゆみも、新村と喜びを感じたかっただろう。それを考慮して貰えていれば、多分、女の子が生まれる。


「そうね。でも、一応両方の名前を考えておきましょう」


夕食を食べ終え、しばらく画数などを調べながら二人で名前を考えていた。


そうして、思った。家族が増えればこの2LDKの部屋も狭くなるだろう。


それに賃貸だ。


「――家も買うか。戸建て」


家を買うか、老後の資金にするかずっと迷っていたが、新しい家族ができるなら話は別だ。なるべく不便のない生活をさせてやりたい。


「そうね。私も半分出すわ」

「いいのか」

「当たり前でしょう。私もずっと一人だったから、貯金はこれでも結構あるのよ」

「子供の世話は、慣れている。困ったら任せろ」

「そのつもり。でも二人を一度に育てるのは、あなたも慣れていないんじゃない」

「それもそうだな」


二人で笑った。


今度は笑いの絶えない家庭にしよう。穏やかで、居心地のいい家庭にしていこう。今から思えば、明絵と過ごしていたときは、いつもギスギスしていた。


それを克服するためにも、蓮美と一緒になんでも話し合いをしていく。


大丈夫。蓮美は穏やかな性格だし話も通じる。声を荒らげることもない。


今度こそ失敗しないように。子供も蓮美も恭介自身も幸せになれるように。


朝岡には申し訳ないが二月になったら、異動願いを出すつもりだ。本社の内勤勤務にしてもらうのだ。慣れ親しんだ環境が変わってしまうけれど、立ち仕事の体力には前も思ったとおり、限界を感じている。


「蓮美、絶対居心地のいい家庭にしていこう。子供のために。俺も安定した気持ちで過ごすように努力するから」

「ええ、私も。落ち着いた家庭にしたい」


蓮美にも愛おしさが湧く。その場で優しく抱きしめた。

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