英雄のリスク


 本来なら誰も来る事のない真夜中の門の前。

 そこへ一頭のウマが向かって来る。


 門を護っていた兵士はその様子を不審に思い、2人の槍で門の前に大きな×マークを作る。


 やがて大きな木箱を引いたウマは門の前に辿り着き、兵士の前で立ち止まる。


「その馬から降りろ。

 こんな時間に何の用だ? 」


 やや高圧的とも取れる態度で兵士は指示し、ライラもそれに一切反抗せず応じる。


「隣の村の病院まで配達でね。

 お見舞いの花だよ」


「少し中身を改めさせて貰っても? 」


「当然だよ。先に調べてくれて構わない」


「自分は後ろ暗い所など一切ない」と言い切るような自信のあるライラの言葉に、片方の門番が木箱を開き、その間にライラへの尋問を続ける。


「それにしても、幾ら何でも遅すぎないか? 日の出と共に出発でも遅くないと思うが……」


「ははは……それは間違いなくそうなんだけどね。本当は昨日の夕方にでも出発するつもりが、準備に手間取ってこの時間だよ。

 その上更に待っていたら配達が間に合わなくなってしまうんだよね」


 少し情けなさそうにしながら、ライラは自分の頬をポリポリと掻く。

 悪意を全く感じさせないその様子に兵士の疑念も段々と緩んでいく。

 そうやって最早談笑とも取れる尋問を行なっている間も、もう一人の兵士は木箱の確認を続ける。


 この木箱の底面には仕掛けが施されており、少し確認しただけでは絶対に中板の存在に気が付けないようになっている。

 その上、その上から大量に花が詰め込まれているので底の底までしっかりと確認する事すらそもそも難しい。


 もしもコレでライラが不審な言動、行動、表情をしたり、怪しげな人相をしていたら間違いなく花を全て取り出し確認するのだが、この人物に不審な点は一切無く、時間の押している配達ということもあり情が湧いてしまう。


 なので、兵士は箱の中身も問題無しと位置付け箱の蓋を閉じる。


「よし、箱の中身も問題無しと。

 いま開門するから待っててくれ」


 それに合わせて尋問していた兵士が通信機で門の中の兵士へと連絡。

 少しして、巨大な門が持ち上がり始める、


「あぁそうだ。

 近頃、この辺りで小規模な賊が出没しているらしい。

 現在、討伐隊を編成して駆除している最中だが、まだ完了していなくてな。

 我々の不手際で申し訳ないが、道中気を付けてくれ」


「あぁ、お心遣い感謝するよ。

 じゃあありがとうね。心ばかりで悪いが、コレはお礼だ」


 最後に忠告してくれた兵に頭を下げて、花をそれぞれに一輪手渡す。

 手渡したのは黄色いユリ。


 その花言葉は『嘘』だ。


 そんな事もつゆ知らず、兵士たちは目の前の嘘つきがウマに乗って小さくなっていくのを手を振って見送って行った。



***



 「さて、そろそろ出て来ても大丈夫だよ」


 5時間程走って、都市が見えなくなった頃。そろそろ日の出の時間帯。

 ライラは木箱を開いて中板を外し、中にいるリラに声を掛ける。

 その声に反応し、リラは起き上がる。


「ありがとうライラさん。

 それで、ここは?」


 リラは周囲をキョロキョロと見回して景色を眺める。

 そこにあったのは、一軒の木製の家。

 屋根や壁は深い茶色に染まっていて、周囲には広い草原が広がっている。

 近くには花壇があって、白い花が優しい風に吹かれて揺れていた。

 更に、この場所は少し小高い丘になっているらしく、少しだけ移動したら足下の先から緑の景色が一面に広がっていた。


「ここは私の家だよ? 

まぁ、コレから暫くは帰って来なくなるから少し準備の為に立ち寄っただけだけどね」


 平然と言ってのけながら、ライラは家の中へと入っていく。

 そんな後ろ姿を見て、リラの胸中には強い罪悪感が浮かんだ。


「あの……! 」


 その感情を口にしようとするも、一手先にライラが振り返り、ウィンクしながら自分の口に人差し指を立ててイタズラっぽく「シーッ」と声にする。


「君を連れ出したのも、君と旅に出ようと思ったのも、全部私が決めた事さ。

 それを君が申し訳思う事はないよ」


 ケラケラと笑いながら家へと入るライラに釣られて笑い、リラも思わず笑いが込み上げる。

 見た事のない建物に、見た事のない景色に、感じた事のない感情。

 全てがリラには新しく、美しく、そして楽しい。

 だからこそ、


「まさかこんな所にカモが居るとはなぁ……最近ツイて無かった分、取り返さないとな? 」


 目の前に現れた、不躾極まりないこの男と、その横で下卑た笑いを浮かべる取り巻き3人に対して感じた事の無い憎悪を感じたのだった。


 そんな事には気が付かず、4人の賊はそれぞれ武器を構える。

 取り巻きは片手で持てるサイズの手斧を。

 カシラと思わしき男は180センチほどある巨大なバルディッシュを。


「なぁ、僕。その美人な姉ちゃんを俺たちに貸してくれたら見逃してやるよ。

 ほら、死にたくないだろう? 」


 バカにしたような脅し文句に、周りの取り巻きもゲラゲラと笑う。

 その笑い方一つとっても、リラにとっては非常に不愉快だった。


「ねぇ、雑兵」


 その不愉快に耐え切れず、リラも顔を上げて口を開く。

 たった4文字の言葉。

 煽りとも取れるような淡白な罵倒。


 そんな言葉に取り巻きは笑う。

「口だけは一丁前だな」と。


 だが、カシラだけは違った。

 顔から血の気が消え失せ、足が小刻みに震え始める。

 顔が上がったから気がついたのか。

 それとも、その存在感で気が付いたのか。


「僕はこの景色を汚したくないんだ。

 この時間を無駄にしたくないんだ。

 だから今なら見なかったことにしてあげるから、早くどっかに行ってくれないかな? 」


 自分たちを明らかに格下として捉える発言に取り巻きの一人が怒り、カシラの静止も聞かずに飛び出す。

 それに続くように、他の取り巻きも駆け出す。



 そこから先、何が起こったか。

 取り巻き達の頭では一切理解出来なかった。


 ただ一つ分かったのは、


「なに……が……? 」


 目の前の男の手に、いつの間にか片手用の直剣が握られていたこと。

 自分たちの武器が消えていた事。


 そして、


「うわァァァァァァ!!! 」


 自分たちの腰から下が消し飛んでいた事。


 認識し、あまりの痛みに狂ったように叫ぶ。

 叫びながら、急いで周囲をみて自分の下半身を探す。

 だけど見つからない。

 何処にも存在しない。

 

 それも当然だ。

 何せ、全員の武器も下半身も、リラの一刀によって目視できない程に細切れにされたのだから。


「君は? どうするの? 」


 そんな足元で叫ぶ取り巻きなど目もくれず、リラは真っ直ぐと震えるカシラへと向かう。


「人の法で裁かれて正しく死にたいか、それとも此処で神隠しに遭ったように死ぬか。

 選んでいいよ? 」


─自分は何故、ここに来てしまったのか。


 リラの声など耳に入らない頭の中で、必死に言い訳を探す。

 とはいえ、逃がしてもらう口実でも無く、この場をやり過ごす言葉でもない。


 ただの現実逃避だ。


 やがて痺れを切らしたようにリラは剣を構えてカシラの喉元に当てる。


「リラ、ダメだよ」


 だが、そんなリラを後ろから暖かな手が包み込む。

 言うまでもなくライラの両手。


「君はこれ以上、手を汚しちゃいけない。

 人殺しはもう君の仕事じゃない。

 だからもう、例えそんなのでも殺しちゃいけないよ」


「分かりました……ライラさん」


 その言葉に納得し、リラは手にした剣を下げる。


 この光景を目の前で見ていたカシラは、コレを好機と見て体を反転。

 武器も放り捨て、情けなく走り出す。


「ごめんね、私が目を離した隙に。

 さ、出かける前にお茶でも飲もうか。


 きっとその位の時間はあるよ」


 そんなカシラを追う事も無く、ライラはリラの肩を抱いたまま身体を反転。

 家の中へと向かう。


 この少年が孕むリスクを再認識した上で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だから英雄は旅をした 涼風 鈴鹿 @kapi0624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ