とどめは華麗に、事後処理は大胆に
「子供……まさか!」
王が王子と妃をにらみつける。宰相が静かに、死産だったのでは、と呟いた。
「生まれていますよね? 女の子が」
妃はうつむき、王子は狼狽している。
王が近づき、王子の肩を強くつかんだ。
「アラン! 答えろ! 事実か!?」
強く何度も揺さぶられて、王子はかろうじて肯定を口にした。
「どこにいるんだ!」
「……わかりません」
「なぜ!」
王が殴るのではないかという勢いで王子に詰め寄る。
「……北の国の貴族が、娘が欲しいと……それで」
――売りました。
無音。王も宰相も言葉を失う。
王が地を這うような声で理由を尋ねる。
「……姫は、王には……なれないからです」
王がとうとう、王子を殴った。
「そんなことで! ……なんということだ。私は孫がこのような目にあっているのに何も知らなかったのか……」
しかし、王子のこの理由は事実ではない。そもそも、あんな馬鹿げた理由を簡単に吐くわけがない。
「入ってきてください」
私が廊下に聞こえるように叫ぶと、控えめなノックのあと、若い男が1人入ってくる。
「お前……」
王子がうろたえる。彼も王子たちの罪の証だ。
「殿下、お久しぶりです」
私の前任の補佐官。側近候補として学生時代から長く付き合いのあった男。
そして、娘を売ろうする王子を止めて一緒に売り飛ばされた男。
「陛下、ご報告いたします。魔国の協力のもと、先ほど姫殿下とともに帰国いたしました。姫殿下は王太子殿下によって保護されております」
王が目を丸くする。
「……ルバード、側近を解かれたあと行方不明だと」
「姫殿下とともに北の国へ。帰国の機会をうかがっておりました。魔国の協力がなければ叶わなかったでしょう」
男が恭しく頭を下げる。私が頷くと男は再び口を開く。
「妃殿下は何よりも殿下の一番になることを望んでおられました」
「やめろ!」
男の言葉を遮ろうと王子が飛び出す。とっさに私が足を引っかける。
王子はなすすべもなく転倒した。
「姫が生まれるとすぐに、殿下に、姫を殿下の一番にする可能性が少しでもあるなら、この城から姫を出せとおっしゃって。……殿下は、それを受け入れられました」
妃に視線が注がれる。黙ってうつむく妃。沈黙は肯定と同義だった。
「陛下、私からも1つ」
「なんだ」
「側近が抜け始めたころの殿下の支出が異常に高いため、調査いたしました。結果、使途不明金のほとんどが非公認の傭兵団体に流れていました。国家転覆もやむなしと考える危険な団体です。これは国防にも大きくかかわる問題です」
「それは! 投資だ!」
宰相がショックを隠し切れない様子の王に追い打ちをかけるように言った。
王子が投資をしただけだと騒いでいるが、金はどこにあるのかわからないらしい。どう考えても騙されている。
聖女だなんだと2人で盛り上がって終わればよかったものを、侵略戦争を企て、テロ組織に騙され金をとられ、果ては娘を人身売買。
王はどう判断を下すか。皆がだまって見守る中、王は静かに顔をあげた。
「騎士たちを呼べ、王子と王子妃を地下牢へ」
王が、裁定を下した。
「父上! なぜ!?」
「父と呼ぶな。お前らは反逆者だ。すべてを白日の下にさらし、罰を受けてもらう」
王は悲し気に告げる。
「魔王が! 魔王が来なければ! うまくいったのに! 何てこと!」
「この悪女! お前さえいなければこんなことには!」
騒ぎながら騎士たちに連れていかれる哀れな罪人たち。甲高い声がしばらく響き渡っていた。
王は私たちに一礼すると、部屋を出ていった。
「うまくいったようで……」
宰相は顔をゆがませながら言った。彼には、花火が打ちあがるのを合図に王をこの部屋に連れてきてもらう手はずとなっていた。
それを頼んだ返答と、王子がテロ組織に金を流しているという連絡があの菓子の箱に入っていたのだ。
「これからが私の正念場です」
宰相はそう言って王を追いかけて出ていく。
「お二方、本当にありがとうございました。そして、シェラード侯爵令嬢、大変申し訳ございませんでした」
最後に残った元側近の男が深々と頭を下げる。断罪の件にこいつもかかわっていたのは明白だ。
「いいわ、あなたもたいへんな立場だったでしょう」
先輩の寛大な言葉に男の目が潤む。異国に幼子と2人放り出され、後ろ盾もない中生活していくのは大変だっただろうと、男を慮る先輩の心は海よりも広く、深い。
男が部屋を出ていき、私と先輩だけになった。
「ベル、外に出ましょうか」
先輩がそう言った。
******
「なんで、花火にしたの?」
王城を出て、繁華街を先輩を抱えて歩く。先輩に聞かれて私は口を開いた。
「祝いですよ」
「なんの?」
「それはもちろん、先輩の」
「……本心は?」
やはり先輩にはかなわない。観念して明け渡すことにする。
「バカ王子の娘、生まれたときに花火が上がっていないんです。完全に隠されたから」
王族の子供が生まれたときに上げられる、祝いの花火。生まれていたことが分かった時、もし生きていなくても一度は彼女のための花火をあげたいとなぜか思った。
「あなた、本当に子供好きになったのね」
先輩が目を丸くして私を見上げる。
「……というよりも、先輩ならきっとあの子のために花火をあげるかもって思ったんです」
私がそう言うと、先輩は少し考えるそぶりをして頷いた。
「そうね、あげたくなるでしょうね」
「でしょう? わかるんです。先輩のこと、ずっと見てたから」
「それは熱烈ね」
「えぇ、もちろん。先輩、私はもう先輩を離してあげることはできませんよ?」
「それは、私もよ」
嬉しそうに笑う先輩につられて私も笑う。
王都のはずれまで来ると、振り返った。
「先輩、見てて」
私は指を鳴らす。それに合わせて花火が上がった。
王城のはるか上で花開く光に、先輩は目を細めた。
「きれいね」
「えぇ、これは先輩と私の祝いの花火です」
数発、立て続けに上げる。
出会いと、別れ、新たな出会い。そしてこれから。すべてを含めた祝いの花火だ。
「ベル、帰りましょう。私たちの国へ」
「えぇ、そうしましょう。ソフィア先輩」
先輩のおでこにキスを落として、私は歩き出す。
王都の外にでれば、馬車を用意してある。
「ゆっくりでいいわよ」
先輩の言葉に愛しさが募る。2人の時間を少しでも長く。
私は少し遠回りをして王都を出た。
******
後日、第二王子夫妻は、不慮の事故にあって亡くなったと発表された。かばいきれずに処理されたのだろう。
もろもろのショックで、王は休養。王太子が代わりに王としての業務を始めることになった。
近いうちに王太子が王として即位するはずだ。
王太子は優秀な人物のようで、損得勘定もうまい。
友好条約と資源輸出の話をちらつかせると、すぐに先輩の故郷への自由な出入りを許可してくれた。
第二王子の娘は王太子夫妻の養子になった。元側近の男もお世話係として近くにいるらしい。
元上司の文官は、外交官となり、魔国担当になった。といっても友好条約締結のための会談で私が指名したのだが。
魔国は、国を挙げての私と先輩の婚約を祝った。
先輩がドレスが似合うようになるであろう15年後、結婚式をする予定だ。
待ち遠しいが、若返った理由に魔力の高い魔族はほかの種族より平均寿命が10歳ほど長いというのがあったというのだから、愛おしい、いくらでも待てると思った。
******
16年後。
「ベル。いい加減、あの国の王の名前を呼んであげて。そろそろあの王泣くわよ」
先輩に聞かれ、首を横に振る。
「先輩の母国の王なんて覚える必要ないです。先輩と先輩の家族だけで十分なんです」
先輩がため息をついた。
我ながら変な理屈だと思うが、いまだにあの王族への恨みは残っている。小さな意趣返しだ。公の場ではしっかりと呼んでいるのだから双方に問題はない。コミュニケーションの一環だ。
「まぁ、いいわ。家族ってことは、子供の名前は覚えるみたいだし」
首を小さく横に振る先輩は、今日もかわいらしい。
そこで違和感に気が付く。
子供?
「先輩!?」
私が思わず立ち上がると、先輩が、金色の髪をふわふわと揺らしながら楽しそうに笑った。
「今度は、幼子をあやしてって言うわよ?」
悪役令嬢先輩が断罪されたので、母国のために働くことをやめました。 藤也いらいち @Touya-mame
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