復讐は優雅に
「なにが……もしかして、君は……」
王が先輩をもう一度見て、第二王子をにらみつけた。
「お久しぶりです。陛下。ソフィア・シェラード、陛下に再び拝謁できる機会を賜ったこと、大変うれしく思います」
先輩が一礼をする。
「ソフィア、本人? どういう……」
「少々事情がありまして、若返ることにしたのです」
そう言ってふわりと笑う。王の返事を待たずに先輩は私に視線を向けた。
「陛下、ご報告があります」
口を開いた私に王の視線が向けられる。
「貴殿は……アランの側近の最後の一人だったな。あぁ、そういうことか」
王はすべてを悟ったように、深く息を吸う。息を吐き切った時には困惑は消え、王としての顔になっていた。
「どのような報告だ」
「第二王子殿下主導で計画されている、魔国との友好条約締結案はお耳に入っているかと思います」
「あぁ、友好条約の締結のために会談の機会を設けたいと、警備に軍を動かす話だったな」
王はそう言って、王子のほうを向く。王子は思わずと言った様子で目をそらした。
「その計画書が二案作成され、片方の計画書が陛下、宰相閣下に提出されていないことがわかりました。こちらがその計画書になります」
「待て!」
王子の静止など聞くわけがない。私は隠し持っていた紙の束を渡した。王は黙って目を通していく。一通り見て、王は顔面蒼白の王子を見つめた。
「これは、事実か?」
軍を動かすための正式な書類の形をとっているそれは、魔国への侵略計画そのものの証拠であった。王や宰相のサインの偽装までされている。
王子にしか使えぬ印の入った紙で王子の直筆で書かれた計画書。逃げ場はなかった。
「これは、どこで手に入れた?」
王が私に問いかける。
「殿下の執務室でございます。大量の未処理の書類の中に、混ざっておりました」
嘘を混ぜる。王子は顔をあげた。
「それは偽装だ! そんなあの書類の中にそんなものはない! あれはちゃんとしまって……」
「殿下!」
妃が叫び、王子は自分の失言に気が付く。
見事に引っかかってくれた。そしてこれで、妃も共犯だとわかった。
「そうでした。執務机の一番下、鍵のついた引き出しのさらに下の隠し底、でしたね?」
王子は隠しきっていると思っていたようだが、時折視線をそちらに向けたり、下手すると開けて確認するのだ。ばれないはずがない。
してやった。王子が膝から崩れ落ちる。
「魔国への侵略計画。これは事実だな?」
王が再び問う。
王子は弁明をしなかった。
「いいえ! 陛下! これは、殿下がこの国のためを思いおこなったのです!」
妃が叫ぶ。
「では、これはすべてアランが計画したのだな」
王は諦めが混ざったような声で視線を落とす。妃は自分が墓穴を掘っていることに気が付かない。
「聖女の私がいれば魔王を倒すことなど簡単ですわ!」
そこまで言い切って、満足そうに妃は笑う。
先ほど彼女の薬に倒れかけた私なので、特に何も言えない。ここは成り行きに任せることにしようと思うと、先輩が一歩前に出た。
「なら、試してみればいいわ」
「先輩?」
「目の前にその魔王がいるのだから」
黙っていようと思った矢先に、先輩に突き出されてしまった。
「……魔王?」
全員が困惑して先輩を見つめる。おそらくいま、王子と妃は先輩が魔王だと思っている。
ここで名乗るのは少々恥ずかしい。
「先輩……ちょっと」
「あら? いいじゃない。本気のあなた、見たいわ」
私の心情などお構いなしの先輩。私はさすがにこのままでは格好がつかないと魔術で格納していた上着を取り出しはおると、先輩を抱き上げた。
「……では特等席でご覧になってください」
「いいわね」
置いてけぼりの王子と妃。察していた様子の王は宰相に促され少し離れていく。
「王子妃殿下、いや聖女か? さぁ、私を倒す力とやらをぜひ見せてくれ」
「私って……お前、まさか」
王子と妃はやっとわかったようだ。
「聖女、どうやって、私を倒すのだ?」
私の言葉にたきつけられるように、妃は私に攻撃魔術を放った。
しかし、片手で防御壁を出すだけで抑えることができた。魔族の王である私に怪我をさせるほどの威力はない。
「なぜ!?」
妃は立て続けに攻撃をしてくるが、どうにも威力がない。先輩を抱えていなければ防御壁もいらないほどだ。
私をあそこまで動けなくさせる薬を調合できる人間の攻撃が、この威力なのか? そこまで考えて、腕の中にいる先輩を見る。目が合った。
「先輩。もしかしてなんですけど……」
恐る恐る聞くと、先輩はいたずらがばれた子供のように笑った。
「私の作った薬にすり替えたわ」
思わず、座り込みそうになるのを気合で持ちこたえる。先輩の作った薬なら、効いて当然だ。実験に付き合って何度えらい目にあったかわからないのだから。
「なんで」
「私の作った薬なら、副作用もなくすぐに直してあげられるし。それに、第二王子妃の作った薬なんて、一滴も摂取してほしくないもの」
なんのことでもないように言う先輩。しかしこれは、もしかして、私は息をのみ、小さく呟く。
「嫉妬?」
「独占欲よ」
照れる様子もなく、はっきりと言い切った先輩。先輩に独占欲を持ってもらえる。私は歓喜に震えた。
思わず、妃の攻撃をばっちり打ち返してしまうほどだった。
妃の攻撃が跳ね返り、第二王子の足元に着弾した。小さな穴が開いた床を見て王子が短い悲鳴を上げた。
「……このっ」
妃が特段大きな炎の魔術を打とうと構えた。構えた腕の先に炎がまとまっていく。
次の瞬間、先輩が指を軽く振る。あっけなく炎は消えた。
相変わらず、魔術の腕も抜群だ。
不発に終わった渾身の攻撃で心が折れたのか、妃が膝をつく。
「この、悪魔っ」
恨めしそうに王子と妃が私たちを見上げている。魔術を消したのは私ではないのだが。それに悪魔とはなんだ。先輩を前にして失礼な。
「終わりのようね」
おいしいところを持っていった先輩が私を見上げる。
「魔王を倒す聖女などいないようだな」
私がそう言うと、王が頭を下げた。
「魔国の王よ、愚息が大変な無礼を働いたこと、謝罪いたします」
「かまわない。今後は息子たちにしっかり教えてくれ。聖女などおとぎ話だと」
「えぇ、もちろんです」
王が頭をあげる。父王に頭を下げさせる結果になったことに王子はがっくりと肩を落とした。
しかし、これはまだ未遂で終わった話である。
彼らにはまだ、罪が残っている。
先輩をそっと床におろして、私はもう一度側近の顔を作る。
「では、陛下? 王子の側近としての私の報告を続けてもよろしいですか?」
王子の最大の罪が、まだ、残っている。
「なにを、報告されるのですか」
王は丁寧な言葉遣いを崩すことなく私に続きを促す。王子と妃は何を言われるのか思い当たらないと言いたげな顔でこちらを見ている。
この期に及んで、まだ隠せていると思っているのか。
黙って床に座り込む王子と妃のほうへ歩く。2人を真上から見下ろせるところまで近づくと、かがんで二人の目線に立った。
「殿下、妃殿下。あなた方」
妃の腹部を指さす。2人の顔から血の気が引いていく。
「子供、どこやった?」
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