第2話 十二月一日 平良九一①

 今日も資料を見返していた。もう何度見返したかわからない。同じ新聞記事、同じ捜査資料が十年以上にわたる。それを資料室の片隅にある机に山積みにして一字一句見落とさないように目を通す。資料の中にヒントや繋がりがかならずあるはずだ。もうそろそろ記事の内容を覚えてしまうくらい見てきた。かすかなヒントでも見つかることができれば、一縷の望みがあればいい。

 いつものように資料に目を通していると後ろから声が聞こえてきた。音量はごくごく小さくしているようだが、資料室はとても静かなので話し声が聞こえてくる。もしかしたら、あえて聞こえるように話しているのかもしれない。


「またたくさんの資料広げてみているよ。トラさんが」

「トラさんってどういう意味ですか」


 話しているのは新人刑事とその教育係の先輩刑事のようだ。ほとんど他の刑事とは関わっていないので誰かはわからない。ただ俺のことを話しているのはわかる。


「トラっていうのは、永遠に平トワにヒラ刑事だってことだよ。それを略してトラさん」

「まぁだいたい想像の範囲内ですが、なんでそうやって呼ばれているんですか」

「それは自分の婚約者を殺されてから、その事件を追い続けて他の事件にはまったくやる気をださないんだよ。仕事を渡されても、追い続けている事件の情報収集にいっちゃうから誰もトラさんには仕事をまかせない。トワってのは永遠に平刑事ってことと、名前の九と一を足すと十になるのと苗字が平良だからそこにかけられているんだ」

「けっこう無理がある気がしますね。でも、新たに仕事しないなんてよくクビにならないですね」


 当然の疑問だろう。普通そんな人間、警察じゃないとしてもクビだろう。俺のことを全く気にしていないのか、はたまたただのバカなのか、そのまま先輩と思しき刑事は続ける。


「それは同期の捜査一課長と仲が良くて優遇してもらっているんだよ」

「あぁあの女性ながら、第一線で事件を解決しまくって昇進した唐沢課長ですか」

「そうそう。その捜査一課長は本当に厳しいよな・・・・・・」


 バカの方だった。無駄話に花が咲いている。無駄話をするくらいなら事件の一つでも追えばいいものの。まあ無駄話しているような刑事に用はない。そもそも本質を見逃しているこいつらはダメだ。働かざるもの食うべからずだろ。

 話している方向から意識を逸らし、再び資料に目を通す。


 ここには四つの事件の資料を広げている。一番古いもので十三年前の殺人事件。


 女性が仕事からの帰り道、後ろから近付いたと思われる犯人に後頭部を強打され、出血多量。病院に運び込まれるが、治療の甲斐なく死亡した。殺人事件としてはありきたりな事件ではある。被害者の女性に近づく、170㎝くらいの背丈で頭からパーカーを被った人物が監視カメラに確認されている。その犯人と思われる人物は監視カメラにはいくつも確認されていたが、肝心の殺害現場の映像はなく、パーカーを顔全体が覆われるように被っており、顔を確認することができなかった。

 捜査は難航する。当時、帰宅する時間が深夜二十三時で人通りがほぼなく、目撃者はいなかった。凶器もみつからず、その被害者女性は他人から恨みを買うようなこともなかったそうだ。動機も不明、犯人の顔も不明、証拠として残っているのは顔が映っていない監視カメラ映像のみ。現在、殺人事件は時効がないため、一応捜査は続けられていることにはなっているが、もうほとんど動きがないといっていいだろう。

この事件だけでは単なる迷宮入りした未解決事件。当時は捜査人数を増やしても全く進展がなく、警察の中では話題になっていた事件だった。俺は捜査に参加はしていなかったが、難航する事件、一向に進展しない、証拠も出てこないということで噂は耳にしていた。


 被害者女性の年齢は二十五歳でコンビニアルのバイトをしていた。二十五歳という年齢だったが難病を抱えており、先は長くないと言われていたらしい。事件が起きるまでは病状も安定し、婚約者もいたそうだ。その婚約者が容疑者として上がったが、婚約者は病院に勤務する薬剤師で事件当日は当直中でアリバイがあった。アリバイがあったのになぜ容疑者に上がったかといえば、婚約者の死体を見たときに泣くわけでもなく、何か言葉をかけるわけでもなくただ茫然と立ち尽くしていただけだったそうだ。婚約者の態度が気になった当時事件を担当していた刑事は、婚約者を容疑者に挙げ、マークしていた。しかし、特にこれといった動きもなく部屋からも凶器はでてこなかった。担当していた刑事が同期だったので事件のことは時折聞いていた。被害者女性の死体と対面したあとの表情は絶望していたというか、何を考えているか読めない、虚無というのが正しい表現かもしれない。何か満たされるような笑みでもなく泣き顔でもなくどちらともいえるような気持ちの悪い表情だったと言っていた。

しばらく現場付近や被害者周辺の聞き込みを続けていたが、有力な情報はなく、被害者は誰からも恨みを買うようなことはない人物で、これといった動機となるような出来事もでてこなかった。これは突発的に、衝動的に起きた事件で、事件を犯したときにたまたま監視カメラのない場所で事を犯したという結論となった。そして、犯人にたどり着けず今に至る。


 俺は、この事件が起きたとき、自分に関係のない難事件が発生した程度にしか思っていなかった。


 この未解決事件が発生してから三年後、おれの婚約者が殺された。


 何度も当時の記憶を掘り返して犯人につながるものはないか探した。犯人を捕まえるまでは何度でもいつまででも探してやる。捜査資料に目を通しながら、俺が関わった事件について思い返していた。

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ロマンスグレーな彼女 古希恵 @takajun

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