山は苦手

尾八原ジュージ

山は苦手

 ほんと山だらけですよ、山梨県。

 東西南北どこ向いても山見えますからね。東京の人にはちょっと想像しにくいんじゃないかな……とはいえ僕は全然山に親しんで育ったとかじゃないし、登山もほぼやったことないんですけどね。

 ぶっちゃけ苦手なんですよ、山。昔ちょっと、あって。

 僕の実家は甲府市の真ん中あたりなんでそうでもないんですが、同じ県内の父方の祖父母の家は山に近くてね。

 ちょっと離れたとこから見ると、町が山に飲まれかかってるみたいに見えるんですよ。そんなとこにあって。

 親戚が集まるから毎年そこに行くんですが、まぁ暇ですよね。子供の頃はまだいいけど、中学とか高校になると遊ぶとこなんかないし……でもじいちゃんばあちゃんが喜んでくれるし、小遣いもらえるから結局毎年行ってたんですけど――

 高校一年の夏までは、そうでした。


 その年、お盆の辺りにまた例の祖父母の家に集まってね。

 田舎だから結構広くって、客間が三つくらいあるんですが、そのうちの一つで年の近い従兄のヨウイチってやつと、弟と三人で駄弁ってたんですよ。

 そしたらそのうち、こっそり外行くかって話になってね。

 いや、外出たって遊ぶとこなんてないですよ。でもヨウイチ――ヨウちゃんが「近くに廃屋がある」って言うもんだから。そんなものがあったなんて初耳だったんですけど、ヨウちゃんは「本当にある」って言い張るんです。

 ヨウちゃんはその前の年に原付とって、あちこち乗り回すのが趣味だったんですが、この辺の山道を走ってたときにたまたま見つけたっていうんですよ。山の中に家があって、それが明らかに無人でボロボロだったって。幽霊とか出そうな代物だって。

 何しろ暇だし、十代の男とか基本バカじゃないですか。ほんじゃ行ってみるかって話になってね。僕とヨウちゃんと、あと僕の弟と、こっそり家を出たんです。

 徒歩でね。懐中電灯持って、山道をテクテク歩いていきました。

 バカ話しながら二十分も歩いたかなぁ。山だから町中よりは多少涼しいけど、やっぱ歩いてたら暑くて、僕なんか汗だくでね。もうそろそろ引き返さない? って言いかけたあたりで、ヨウちゃんが「あった」って。

 上の方見たら、本当に家があるんですよ。

 ワーッて近寄ってみたら、それがコンクリっぽい四角い屋根の、結構立派な一軒家なんですけど、なるほど確かに廃屋らしい。庭なんか草ボーボーだし、窓ガラスは割れてるし、もちろん灯りなんかひとつも点いてないんです。

 そんな建物、何の曰くもなくたって、十分怖いじゃないですか。

 もう、すげぇすげぇって大騒ぎですよ。ほら、何しろバカだから。ははは。ヨウちゃんなんか写真撮ってましたね。当時初めてスマホに機種変した頃かな、その新しいスマホで建物の外観をバシャバシャ撮ってね。ほいで庭をガサガサ横切って、そーっと玄関のドア引いてみたら、普通に開いたんです。

「入る?」

 ってヨウちゃんが聞いた。そりゃ入りますよ。僕ら三人、一塊になって「おじゃましまーす」って玄関の中に入った。

 途端にゾクッとしました。

 寒いんですよ。急にめちゃくちゃ寒くて。こんなとこに冷房なんかあるはずないのに。

 入るとすぐが廊下で、正面に階段があって、右手と左手にドアがありました。中は結構きれいでしたよ。そこに靴履いたまんま上がって、さぁどこに行くか、それとも帰るかって話になって。ぶっちゃけ僕はもう寒さでびびっちゃって帰りたくって、たぶん弟も同じだったと思うんですけど、ヨウちゃんだけめちゃくちゃテンション高くて。

「こっちこっち! こっち行こうぜ!」

 って、いきなり左側のドアをバッと開けたんです。

 そしたらそこ、応接室みたいになってるんですよね。真ん中にテーブルがあって、その両脇にソファがあって。で、壁際には大きな棚があって、ライトで照らすと鳥の剥製とか虫の標本がいくつも並んでるんです。別の壁には額縁がいっぱいかけてありました。絵が入ってるのとか、写真が入ってるのとか。

 あそこに住んでたのって、五人家族だったのかな。写真屋で撮った記念写真みたいなやつがあったんですけど、もう色あせててどんな人らがいたのかよくわかんない。

 写真っていえば、ヨウちゃんはそこでもスマホ出して、フラッシュ使いながらバシャバシャ撮ってましたね。僕も変わった部屋だなぁと思って見てたら。

 そのときドアが閉まってたんですけど、そのドアの方からコンコンコンって三回、ノックの音がしたんです。

 僕ら三人、ウワッてなった。もしかしたらこの家、普通に人がいたのかって……そしたら不法侵入はこっちですから、めちゃくちゃマズいですよね。どうしよう、って顔見合わせた。そしたら、

「お茶をお持ちしました」

 って、ドアの向こうから女の人の声がしたんです。

 おかしいじゃないですか。僕ら、別に客じゃないのに。

 こっちが黙ってると、またドアの向こうからコンコンコンって鳴った。とにかく、明らかに誰かいるんです。いっそ逃げるか? とも思ったけど、部屋には窓がないから、とにかくこのドアを開けなきゃならない。

 困ってたら、「ごめん、人いたと思わんかった。オレが謝る」ってヨウちゃんが前に出て、バッとドアを開けたんです。

 そしたら、誰もいない。

 ついさっき、誰かにノックされたはずなのに。

 ぶわっと恐怖が押し寄せてきて、もう我先に玄関から逃げました。三人でわーって走って、来た道を下ってしばらく行って、そしたら自販機が見えてね。それが天国みたいに明るいもんでもう、ほっとしました。で、そこで一息ついてたら、ヨウちゃんがいきなり「スマホがない」って言うんですよ。

 写真撮ってたあの家の応接室までは確実に持ってたわけだから、たぶんあの家か、その近くに落としたんじゃないかって。

「どうする? 明るくなるまで待つ?」

 って言ったらヨウちゃん、「ちょっと取ってくる」って、ひとりで山の方に引き返して走って行っちゃうんです。

「一緒に行くよ」って言ったんですけど、「そこで待ってて」って返ってきた。だから僕と弟は、言われたとおり自販機の前で待ってたんですよ。

 でもヨウちゃん、全然戻ってこない。やっぱスマホ見つかんないのかなって、僕と弟で「そろそろ追いかけようか」って相談してた頃かな。「おーい」って、ヨウちゃんが山の方から戻ってきたんです。

 あーよかったって落ち合って。ヨウちゃんも笑って「ごめんごめん、スマホあったわー」って言って、そんで三人で帰ったんですよ。

 絶対ヨウちゃんと一緒に帰ったんだけど。


 次の朝起きたら、ヨウちゃんがいないんです。

 なんかね、ただいないんじゃなくて、跡形もないんですよ。持ち物も、ヨウちゃんが寝てた布団もなくて、ちゃんと押入れの中に片付けられてて。玄関に靴もないんです。

 おかしいなと思ってたら、一緒に帰省してたうちの母が声かけてきた。何やってんの? って。

「母さん、ヨウちゃんがいないんだけど」

「ヨウちゃん?」

 そしたら母親の顔色がサッと変わってね。「あんた、ヨウイチくん亡くなったじゃん。何言ってんの」って。

 そうなんですよ。なんか、ヨウちゃん死んでるんですよ。

 あんたも知ってるはずだ、葬式にも出た、冗談でもほんなこん言っちょって母に叱られたんですけど、でも僕には一切そんな記憶ないんですよね。葬儀どころか、ヨウちゃんは昨日からこの家にいたし、みんなと喋ったり笑ったりしてたし、飯食ったり風呂入ったりもしてたはずなんです。でも仏壇見たら、ほんとにヨウちゃんの写真が飾ってあって。

 母が言うには、ヨウちゃん、夏休み入ってすぐ原付で事故って死んだっていうんですよ。

 その後弟も起きてきたんですけど、聞いたらやっぱり「いや、ヨウちゃん死んじゃったじゃん……」って、マジ顔で言うんですよ。お前ゆうべ一緒に廃屋行ったじゃんって言っても、いやそんなとこ行ってないの一点張り。嘘ついてる感じじゃないんですよ。


 全然信じられないんですけど、それからヨウちゃん、ずっと死んだままで。


 で、その後から僕、たまに同じ夢を見るようになったんですよね。

 それっていうのが、夜中にヨウちゃんから電話がかかってくるんですよ。僕の携帯に。

『何やってんの。お前も来るんだよ』って。

 夢の中の僕は怖くて電話を切っちゃうんですけど、そしたらしばらくすると、コンコンコンって窓を叩かれるんです。

 一晩中コンコンコン、コンコンコンっていうのを聞きながら、ベッドの中で震えてるっていう、そういう夢なんですけど。


 何なんですかね。これ。 

 もし夢の中で窓を開けたり、あの廃屋に行ったりしたらどうなるのかなって。

 もしかしたら、僕もとっくに死んでたことになっちゃうんですかね。


 とにかくそういうことがあったんで僕、大学から上京して、こっちで就職したんですよ。もうその祖父母の家にも行かないし、実家もあんまり帰らないようにして。

 だって山だらけなんですもん。山を見ると、もうそれがあの山じゃなくても怖いんですよ。木々の間からあの家が見えちゃいそうな気がするから。

 つっても僕、来週山梨に出張なんですけどね。ははは。まぁたまにあることだし、気をつけて行ってきますけど、覚えといてくださいよね、今の話。


 とっくに死んだことにしないでくださいね。

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