第2話 ポンコツ魔女とコーヒーブレイク

 //場所 魔女の家・キッチン&ダイニング

 //SE 豆が挽き終わり、ガリガリという音が止む。


「ふぅ、豆はこれぐらい挽けば良いかしら。え? いや、普通に豆ぐらい挽けるわよ。貴方から『ドジっ子』なんて言われたら、ちょっと傷つくわね。豆の量? ……そんなもの適当よ」


「ふん、舐めないでくれる? 私ぐらい長生きしているとね、だいたいのことは感覚でどうにかなるのよ」


 魔女はドヤ顔で両手を腰に置き、胸を張る。しかし挽き終わった豆の量は、貴方からすると明らかに多く見えた。


「そんな調子で魔法を失敗して、一か月間もしゃっくりが止まらなくなったのを忘れたのかって? う、うるさいわね。それぐらいで済んだんだから、失敗のうちには入らないわよ」


 //SE ムキになった魔女がバンッとテーブルを叩き、ドサドサと本や書類が床に落ちていく。


「次はお湯を沸かして……っと。こういう時は本当に魔法が便利……」


 //SE 蛇口をひねり、シンクの中でヤカンに水を入れていく。

 続けてヤカンをコンロに置くと、パチン、と指を鳴らす。僅か数秒でヤカンから、やかましい笛の音が鳴り響いた。


「ちょっと、誰が瞬間湯沸かし器ですって? 私は誇り高き、いにしえの魔女なのよ!? 今度そんな呼び方をしてみなさい。貴方をハムスターに変えて、一生狭いゲージの中で飼い殺してやるんだから」


「……ん? それも良い考えかもしれないわね」


「うぅん、何でもないわ。ええっと、ドリッパーとフィルターはどこにやったかしら」



 //SE キッチンの食器棚を次々と開けていく。しかし中々お目当てのアイテムが見つからない。


 魔女は他の場所を探そうとして、貴方が自分をジッと見つめていることに気が付いた。


「うぇ!? わ、忘れてなんか無いわよ! 私の記憶力を馬鹿にしないでくれる?」


「え、えっと……あ、あれ? 鍋の中には無い……トースターの中にも。おかしいわね、二階の魔法釜の中かしら」


 //SE 焦りながらキッチンの至る所を探し回る魔女。しかしいつになっても、見つかる気配がない。


「す、すぐ見つけてくるから。もう少しだけ待っていてね。あっ、テーブルのお菓子は自由に食べていて良いわよ」


「え、お土産に私の好きなキャンディーを買ってきてある? うふふ、ありがとう。それじゃ後でいただくわね」


 魔女はキッチンの扉を開けて廊下に出ると、ブツブツと独り言を呟き始めた。



「まったく……何処に仕舞ったのかしら。面倒臭がって、適当に魔法で片付けていたツケが回ったわね」


「よりによって、彼に恥ずかしいところを見せちゃうなんて……。ううっ、歳はとりたくないわね」


「あっ! 思い出した」


 どうやら魔女は隣にある書斎へ向かったらしい。彼女の声が更に遠くなった。


「えっとぉ……確か書斎の棚に――きゃっ!!」


 //SE (ガタンッ!)

 //SE (バサーッ! ゴトンッ……カタン……ゴロゴロゴロ……)


「あ、いたたっ……。もう! 誰よこんな高いところに重たい箱を置いたのはっ!」


「ってこれ、私が昔に作った詩集じゃないの。懐かしいわね……うわ、恋愛のポエムなんて書いているし」


「……うん、見なかったことにしよう。えっと、気を取り直して。こっちの棚の箱はどうかしら?」


 //SE (ガラゴロガッチャーン!!)

 //SE (ガタンッドンッ)


「……はぁ、駄目ね。もう諦めて、魔法で淹れちゃおうかしら」


 //SE 壁越しに、大きな溜め息が聞こえてくる。


「ううん、せっかく彼と久々に会えたんだもの。自分の手で、彼をもてなしてあげたいし……もう一度キッチンの方を探してみようかしら」



 //SE 廊下をトボトボと歩いて戻ってきた魔女が、キッチンの扉を再び開けた。


「ごめんね、もう少しだけ時間を頂戴……あれ? どうして準備が出来てるの?」


「あちゃ~、奥の戸棚にあったのかぁ。え? 私が適当に物をしまうときは、そこの戸棚へしまい込む癖がある? まっさかぁ~」


 魔女は半信半疑な声を上げながら、キッチンの隅にあった古びた木製の戸棚に向かう。


「嘘……ホントだ。えっ、待って!?」


 何かを見付けたらしい魔女は、戸棚に両手を突っ込んだ。


「失くしたと思っていた、読みかけの恋愛小説まであるじゃない! これ、ラストが気になっていたのよ~。ありがとう!」


「どれだけ放置していたのかって……さぁ、分からないわ。少なくともここ数年は触っていないわね」


 //SE 魔女がパラパラとめくっていた本から、一枚の紙がハラリと床に落ちた。


「あれ? 本のあいだから何か落ちたわね……」


「こ、これっ! ずいぶん前に失くしていたと思っていた、貴方の写真だわ! ずっと探していたのよ! わぁ~、良かったぁ!」


 床に落ちた写真を拾い上げ、魔女は興奮しながら貴方へそれを見せた。


 しかし言い終わった後で、彼女は自分が何を口走ったのかハッと気付く。彼女は慌てて、その写真を自分の後ろに隠した。


「……えっ? な、何でもないわ。――何でもないって言ってるじゃない! もう、しつこい男は嫌われるわよ!?」


「はぁ、まさかこんなところにあったなんて。写真を眺めながら、恋愛小説のキャラクターに重ね合わせて妄想していたことが、本人にもしバレたら……」


 彼女は自分を見つめている貴方に気付き、「うっ」と言って後退あとずさった。



「……ゴホン。さて、準備もできたことだし。今度こそコーヒーを淹れるわよ」


 //SE 魔女はコーヒーの粉が入ったドリッパーに、さっとお湯を回し入れた。


 ドリッパーの下には、少し大きめのマグカップが用意されている。貴方は彼女の隣で椅子に座り、その作業風景を眺めていた。


「お湯を入れて、少し蒸らしてあげると……ほら、良い匂いがしてきたでしょう?」


「はぁ~、ホッとする匂い。コーヒーの香りは、私にとって安らぎそのものよ」


 //SE トクトクと小気味いい音を立てながらお湯が注がれていくと、ドリッパーから濃いカラメル色の筋がマグカップに落ちていった。


「新しい豆を買った時なんかはね。いったいどんな味がするんだろうって、少しだけわくわくするでしょう? 魔法で召喚したコーヒーは早くて便利なんだけど、この楽しみを味わえるのは、手作りならではなのよ」


「……どんな魔法でも、この幸せな時間は作り出せないわ」


 目を閉じて、恍惚顔となる魔女。


「はい、コーヒーが出来たわ。熱いから気を付けて頂戴ね」


 //SE 隣から、コーヒーの入ったマグカップが貴方の前に置かれた。貴方はカップに手を伸ばそうとするが、その寸前で魔女の頭にさえぎられた。


「あ、ちょっと待って。飲み頃にする魔法を掛けてあげる。ふーっ、ふーっ。……うん、これで大丈夫かしら」


「はい、どうぞ。おかわりが欲しいときは言ってね。さぁって、次は私の分~♪」


 //SE 魔女はそのまま隣の席に座り、自分のマグカップにコーヒーを淹れ始めた。貴方はそれを横目で視界に入れつつ、さっそくコーヒーを頂くことにした。


「美味しいけれど、ちょっとだけ苦い? ふふん、写真のことで私に恥をかかせた罰よ」


「ふふっ、嘘に決まってるじゃない。ただの冗談よ。苦いのは、その……豆を入れすぎただけだから」


 //SE 彼女も自分の淹れたコーヒーをひと口すすってみる。


「……うん。私はこれくらい濃い方が好き、かな。魔法の実験を遅い時間までやっていると、どうしても眠たくなっちゃって」


「ふわぁ……。大丈夫よ、ちゃんと数日に一度は寝ているわ」


 //SE 魔女はいったんマグカップをテーブルの上に戻し、会話を続けた。


「どうしても完成させたい魔法薬があってね。うぅん、急ぎといえば急ぎ……なのかな」


「え? あははは、病気なんかじゃないわ。だって私は不老不死の魔女様よ?」


「それにたとえ魂が摩耗して、この身が朽ちたとしても、別にいいの。それまでの余生は、私にとってはただの暇潰しだもの」


「あはは、まぁ年寄りの戯言ざれごとだから気にしないで」


 何かを誤魔化すかのように、彼女は笑った。


「じゃあ何で急いでるのかって……それは内緒よ。ともかく今の私は健康体ですぅ~」


 口を尖らせながら、魔女はマグカップを両手で持った。どうやら水面に映る自分の顔を眺めているようだ。


「それでも心配だって……はいはい。健康に気を付けろってセリフは、昔から貴方に何度も聞かされたわよ」


「もう、過保護なんだから……私なんかの心配をしてくれる人なんて、この世でキミだけだよ」


 悲しげに呟かれたそのセリフは、しっかりと貴方の耳にも聞こえていた。



「それにしても懐かしいわね、このマグカップ。貴方が中学校の修学旅行で、京都のお土産に買ってきてくれたやつなのよ。覚えている?」


「そうそう。修学旅行へ行ったことがない私に、少しでも気分を味わってほしいって。私のために、あれこれ考えて選んでくれた……」


 魔女はしみじみといったふうに、言葉を吐き出していく。


「私ったら嬉しくて、あれからずっと使っているのよ。壊れても大丈夫なように、魔法で百個ぐらい複製してあるの」


「まぁ本気の魔法を何重にも掛けているから、たとえ日本が沈んでも壊れないけど。ふふふっ」


 貴方との何気ない会話を楽しむ魔女。しかし笑顔から急に真剣な表情になると、真面目な口調で貴方に問いかけてきた。



「それで? 今日は急に訪ねてきて、いったいどうしたのかしら? 今度は貴方の話を聞こうじゃないの」


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