隣の家には僕だけが“視える”魔女が棲んでいる~包容力満点のお姉ちゃんがドロドロに甘やかしてくれる夜~

ぽんぽこ@書籍発売中!!

第1話 再会は雨音と共に

 //場所 一軒家の家・玄関


 //SE 外ではザアァアアと強い雨風の音がしている。ギィイイと玄関の木製扉が開くと、そこには黒いローブ姿の女性がこちらの様子を窺っていた。



「……こんな嵐の夜に、誰かと思えば。キミだったの」


 まぶたを閉じ、少しうつむきながら彼女は続きの言葉を小声で呟いた。


「正直……貴方はもう、ここへは来ないと思っていたわ」


 その言葉を聞いて思わず立ち去ろうとする貴方の手を、彼女は咄嗟とっさに掴んで引き留める。振り返ると、女性は少しだけ申し訳なさそうに首を横に振った。


「ううん、ちがうの。別に責めちゃいないわ。もちろん、貴方ならいつでも大歓迎よ」


 //SE こうしている間にも、大きな雨粒がバシャバシャと地面で跳ねている。


「ほら、いつまで玄関に突っ立っているつもり? さっさと入りなさい、雨が家の中に吹き込んでしまうわ」


 //SE 女性は貴方の手を少し強引に引っ張ると、貴方は足をもつれさせながら、玄関の内側へと入った。同時に女性は玄関の扉をバタンと閉じ、ガチャリと鍵を掛けた。

 外の雨音が止み、魔女の「ふぅ、落ち着け私」という呟きが聞こえる。



 //場所 女性の家・玄関の中


「スリッパの場所は……覚えてるって? そうそう、ふふっ。パンダのシールが貼ってある可愛いやつよ。そのスリッパは貴方専用だから」


「まだ取っておいたのかって……だって捨ちゃうのも勿体ないじゃない?」


 玄関横にある靴棚を開けると、スカスカの棚に一足分だけパンダのスリッパが鎮座していた。貴方はそれを取り出して廊下に置くと、クスクスと笑う女性の声が頭上から聞こえてくる。


「今のキミに、子供用はさすがに小さすぎたみたいね。でもごめんなさい、あいにくとそれしか用意が無いのよ。貴方以外に、誰もお客なんて来ないし……」


 顔を上げると、女性は自虐的な笑みを浮かべていた。


「あ、別にそのスリッパで大丈夫よ? 見ていて……えいっ」


 //SE 女性が指をパチンと鳴らすと、ドロンという音と共にスリッパが大人用サイズに変化した。


「久々に魔法を見たらビックリした? ふふっ。それよりも今は、貴方の体を先にどうにかしなきゃ。雨でスーツがすっかりビショビショじゃないの。すぐにタオルで拭いてあげるから、その持っているカバンは床に置いて頂戴」


「拭くぐらい自分でやる……って。照れていないで、こういう時は大人しくお姉ちゃんの言うことを聞きなさい? 早くしないと風邪ひいちゃうわ」


 //SE 再び指を鳴らし、ふかふかのバスタオルを召喚する。貴方の濡れた体を、女性がタオルで優しく拭き始めた。



「おぉ~っ? 背が随分と伸びたんじゃない? んしょ、上まで届かない……」


 //SE 小柄な女性がタンタンッと小さくジャンプしている。貴方は仕方なく、その場で少しかがむことにした。


「はーい、良い子ですね~。なでなで~。キミの髪の毛は昔と変わらず、ツヤツヤだねぇ。羨ましいなぁ~」


「しかも、いつの間にか私よりも大きくなっちゃって……体つきも、すっかり男らしくなったわ」


「え? もう社会人なんだから、子供扱いをするなって? 何を言ってるの。数百年生きている魔女の私からしたら、貴方はまだまだ赤ちゃんみたいなものよ~?」


 自分を魔女と称した女性は、フフンと鼻を鳴らす。


「うふふふっ、怒った顔も可愛いわねぇ。あっ、どうしてそっぽを向いちゃうの?」


「ほぅら、動かないの。ちゃんと拭けないでしょう」


 //SE 魔女が貴方のスーツの袖を、ギュッと掴む。


「――えっ。そんなことしなくても、魔法でパパっと乾かせたんじゃないかって? むぅ、細かいことは気にしないの。それに貴方の成長具合を、直接この手で確認したかったんだから――――隙ありぃっ♪」


 不意を突いて、貴方の胸に飛び込もうとする魔女。しかしその寸前で、魔女は両肩を掴まれてしまった。


「あんっ、もうちょっとで抱き着けたのに……なに、セクハラ? ざぁんねん、魔女に人間の常識は通用しませーん」


「ふふふっ……。揶揄からかわれてすぐにムスっとするところ、小さい頃からちっとも変わらないわね」


 //SE 貴方から解放された魔女は、後ろで手を組みながら楽しそうに左右に揺れる。木製のフローリングが、その動きに合わせてきしんだ音を立てた。

 彼女の顔には、楽しかった思い出を懐かしむような、優しい微笑みが浮かんでいた。



「覚えているかしら? ほら、初めてキミが私と出逢った日のこと」


「あれはたしか――そうそう。キミはまだ小学生だったわよね。お友達とかくれんぼをしていた貴方が、私の家に忍び込んできたでしょ」


 魔女は口元を隠しながら、目を細めてクスクスと笑う。


「二階で魔法の研究をしていた私の姿にビックリした貴方は、慌てて逃げ帰って……うふふふ。みんなに『隣の空き家に魔女がいる』って必死に説明したのに、誰にも信じてもらえなくって」


「どう? 思い出したかしら。あのときもこんなふうに『ぷくー』って頬っぺたを膨らませて。目に涙なんか溜めちゃって……」


 拗ねる子供のような顔真似をする魔女。彼女は貴方を揶揄うことが、楽しくて仕方がないようだ。


「え、昔の話はもう止めてくれって? だって私は悪い魔女だもの? 若い男の子をたぶらかして、家に誘いこんで……美味しくなったころに食べちゃう、こわーい魔女よ?」


「あらあら、俯いちゃってどうしたの? まさか私が、本当にキミを食べるかと思った?」


 こちらへ近寄り、貴方の表情を窺う。


「うふふっ。おとぎ話じゃあるまいし、本気にしないでよ。私が人間を食べるわけがないじゃない。……だって美味しくないし?」


 頬に人差し指を当てながら、コテンと首を傾けた。


「違う? あ~、もしかして……『食べる』って言葉で、別の何かを期待しちゃったのかしら?」


 魔女は間近で貴方の顔を見上げながら、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべた。


「やっぱり図星ね。可愛いなぁキミは」


「……ねぇ、ジッとこっちを睨まないでよ。ちょっと怖いじゃない」


「えっ、私の着ている服がキワドイですって? 何を言っているのよ。魔女といえば、この黒いローブがお決まりじゃない」


 魔女はドヤ顔のまま、その場でクルリと一回転してみせた。


「着崩しているのがダメ? もっと肌の見える面積を減らせ? え~、だってこの方が楽なんだもの。今日は服を着てるだけマシでしょう?」


「そもそも好きに体を変化させられるのに、どうして人間の姿をしているのかって……そうねぇ、普段は猫の姿だったりするわよ。四つ足で歩く方が楽だし」


「それとも貴方は、この体がお気に召さないのかしら。もっとセクシーな方がお好みだった? ほれほれ~、お姉ちゃんの肌が見たいか~? なぁんちゃって♪」


 魔女は指のつま先で服の胸元を広げながら、貴方の反応を試すような態度を取る。


「あははっ、冗談よ。貴方の反応が可愛いから、つい揶揄っちゃった――って今だっ!」


 //SE ササッと服の乱れを直すと、貴方が固まっているすきにそっと抱き着いた。


「えへへ、今度こそ抱き着き成功~♪ ……ほら。猫ちゃんよりもこっちの方が、ぎゅーってした時に抱き心地が良いでしょう? ほら、ほらほらほらぁ~」


「久々なんだから、お姉ちゃんの体を思う存分に堪能なさい?」


「……ね?(耳元囁き)」


 少しの間が空き、横を向いた貴方を魔女がジッと見つめている。


「あはっ、お耳が真っ赤だよキミ。ふふっ、こっち向いてごら~ん?」


「本当に可愛いわねぇ、もう。ほら……もっとぎゅってさせて頂戴」


 今まで以上に力を込めて抱き着く魔女。身じろぎをしようとすると、さらに腕の拘束が強まっていく。


「そんなに照れなくたっていいわ。昔は貴方の方から抱き着いてきたじゃないの」


「お風呂にだって一緒に入ったこと、忘れちゃったの? ……忘れてなんか、いないわよねぇ? あのときからキミ、私の体に興味津々だったんだもの」


 羞恥に耐えきれなくなった貴方が、無理やり魔女を振りほどく。その勢いで、魔女は後ろにたたらを踏んだ。


「っとと……あっ、ちょっと帰ろうとしないでよ。悪かったってば。ほら、リビングに行きましょう?」


 //SE 魔女は貴方の腕を掴むと、廊下を進んでいく。



 //場所 魔女の家・キッチン&ダイニング


「相変わらず散らかっているけど……あっ、その瓶には触らないで。中身に触れたら、貴方が大変なことになっちゃう」


「そんな危ない薬をテーブルに放置するなって……だってソファーや床は、大事な実験道具でいっぱいなんだもの。それならテーブルの上が一番安全でしょう?」


「貴方は椅子に座って待っていて。今から飲み物を用意するわ。コーヒーの味は……ブラックで良いって? そう、舌も大人になったわね。ふふっ」


 //SE キッチンに立った魔女は、コーヒー豆をザラザラと音を立てながら、ミル粉砕機に入れていく。


「これから魔女の淹れる、最高に美味しいコーヒーを御馳走するわ。楽しみにしてね♪」




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