第89話 


 樹海に入ってから直感に身を任せてエルフの村を目標に歩いていたが、広すぎて全く見つからない。というより山に入った経験のないリドは、案の定というかしっかりと遭難していた。

 今じゃどっちが出口だがわかりゃしない。

 どこが道なのかもわかりゃしない。

 よくわからないキノコを食べ、よく分からない魔物の軍団を殴り殺す日々。


 複数の魔物と戦闘を繰り返すうちに、魔物の特性というモノが理解出来た。

 魔物というモノは、一体につき最低でも一種類の魔法を使える。

 熊のような魔物は爪の飛距離をのばすだとか、オオカミの魔物は地面の草木を操るとかだ。

 詠唱も直前の動作も必要ないため、非常に厄介ではあるが、リドの炎魔法の前には相手ではなかった。

 熊の爪も接近する前に炎で焼き尽くす。オオカミの木の枝攻撃も炎で焼け落ちる。

 ここが樹海というのもあるのだろうが、ここの魔物達は火に耐性が無いようだった。


 遭遇した魔物と戦い、キノコを食べ、水は湧水を見つけたらそれを飲んだり、魔法で炎を作り出しては捕まえた動物を炙って腹を満たしていた。


 野生児である。


 まごうことなき、野生児である。


「どこだよ、エルフの村」

 

 レフィーアと別れてから既に二日が経過していた。


 何度呟いたか分からない言葉を発しながら、ひたすらに前へ進んでいく。

 似たような光景ばかりで方向感覚が狂いそうになる。いや、もしかしたら狂っているのかもしれない。

 そもそも本当にあるのか? と思いながら、ただひたすらに歩き続けた。

 自分が草を踏む音、魔物や動物が駆けて行く音を聞いていた時、リドの耳に休憩所の合図が聞こえた。

 水の流れる音だ。近くに湧水、いや、この音はもっと大きい。


「……川か」


 水源に近づいていき木々の隙間から見える光の反射から、そう口に出した。


「ラッキー。丁度喉が渇いてきたところだ」


 樹海はとにかく蒸す。

 地面は何日も前に降った雨などのせいでぬかるんでおり、熱気が密集しているために少しの運動で汗が出るのだ。

 草をかき分けるようにして川に近づいていく。

 そして、広い川辺に到達した。

 中々大きな川なため、喉を潤すついでに蒸した熱気で汗ばんだ体を洗おうと軍服を脱いでいく。


「……ッ!?」


 後はワイシャツを脱ぐだけというところで背後の草が揺れる。魔物かと警戒したリドは反射的に気配を消し、近くの木を背に隠れた。

 気配を探りながら、どうやら魔物の類ではないことを察して少しだけ警戒を緩めるが、動物とも違うその息遣いを聞いて、呼吸を止めた。


「ふぅ~」


 しばらくして川辺に現れたのは人間――いや、耳が尖っているのが特徴的な、目鼻立ちのとても整ったエルフ族だった。

 この近くに村があるってことか……?

 だが、それならそれで話は早い。特に警戒する必要もないだろう。

 リドはそのエルフと話をするために一歩踏み出す。


「よいしょっと……」


 が、目の前のエルフは何を血迷ったのかただでさえ薄い服を脱ぎだした。

 慌てて引っ込み物音を立てないようにする。

 完全なる全裸となった女のエルフは川に入っていき、水を浴びる。

 その様子をリドはしばらく見ていたが、「なんでオレが隠れる必要があるんだ?」との結論に至って再度草葉の陰から身を乗り出した。

 木の枝を踏みしめたことで、水浴びをしていたエルフは身をかがめながらリドの方に振り返る。


「――ッッ!?」


 何かを口にしたようだが、言葉が分からない。

 レフィーアが言っていたエルフ語というモノなのだろう。

 戦闘になる可能性も視野に入れ、リドは相手を観察する。


 長い耳から水が滴り落ちている。胸が膨らんでいる。間違いなくエルフ族の女だ。

 腕は細いが、何か纏う雰囲気に違和感がある。魔力が高いのか……?

 だが、魔法を唱える前にケリをつけることも可能だ。油断は禁物ではあるが。

 結論を出せばリドの敵ではない。

 

(……それよりいい加減喉が渇いたな)


 同じく水浴びと水分補給に来たことを思い出す。

 目の前のエルフは警戒する必要のない相手だ。もし戦闘になったとしても軽くひねる程度で倒せる。

 だが、動けない。

 何故かリドとエルフの少女の間には沈黙が流れており、まるで帯刀状態からの斬り合いをする時のように読み合い中のみたいな緊張感があるからだ。

 どちらかが動くのを両者が待っているかのような。

  

「…………」


 10秒が経過。双方、視線を合わせ続けているが未だ動きはない。

 水の流れる音だけがその空間を支配していたが、その大自然の鳴き声を切り裂いたのは裸の少女だった。


「きっ、きゃぁあああああああああっっ!」


「……あ、そういうの良いから。ちょっと喉乾いてるから水飲ませろ。殴るならその後に殴れ」

 

 叫ぶエルフの少女とは正反対に、リドは目を背けるわけでもなく悠然と歩み寄ってき、川の水を口に含む。そのままがぶがぶと音を立てながら喉と腹を満たす。


「ぷはっ! 美味いっっ!」

「Salete!!」


 パァンッッ!

 水を飲んで喉を潤したリドの頬に、何かを叫んだ少女が乾いた音を立てて平手打ちをした。


 〇 ● 〇


「裸一つで何をそんなに怒ってんだ?」


 リドは少女に背を向けながら問いかける。


「a~~~!!」


 何を言っているのかよくわからない。

 聞いたことのない言葉だったからだ。

 しかし、怒られていることは理解できる辺り、オレはやはりタダ物ではないな。とリドは感傷に浸った。


「あー、なんかよくわからんが、悪い」


「ッ~~~!!!」


 何か言っているようだが、全くわからない。

 ……あっ、そうか。

 リドはそこでレフィーアから渡されたネックレスのことを思い出す。

 ポケットから取り出して首に下げる。


「あーあー、メーデーメーデー。本日も樹海なり」


「えっ!? なんで痴漢強姦魔がエルフの言葉を!?」


 酷いレッテルが付いたものだ。

 こいつ、言葉が通じないのを良いことに好き放題言ってやがったな。


「まあ、色々あってな。それよりも誤解だ」


「何がよ。覗いたのは事実でしょ?」


 確かにそれはそうだが、故意ではないことを何とか伝えるべきだ。

 だが、そんなことをするのもこの蒸した樹海の中では面倒くさい。

 やる気が起きない。とりあえず謝っておこう。


「……さっきも言ったが、なんか悪い」


「なんかってなに? ハッキリ言いなさいよ」


 ハッキリ……つまりは感想を言えってことか。


「良い体だと思うぜ」


 ズパァンッ!!

 渾身の右フックがリドにクリティカルヒットッッッ!


 リド選手、足にキています。


「……いや、その、こんなクソ山のなかに人が居るとは思わなかったんだ。故意じゃない。信じてくれ」


「信じられるわけないわ!」


「オレとオマエの仲だろ」


「初対面よね!?」


「これから仲が深くなるかもしれないだろ。オレ達が番になるとか。つまり未来投資ってやつだ」


「何があってもあり得ないわよ!」


 エルフ少女の神の左がリドの頬を捉えるっ!

 カンカンカンッ! ノックアウトッッ!!


 ……というわけもなく、レベル9のステータスではあまり痛みはない。精神的な痛みは強いが。

 ともかく、ヒステリックになった女は面倒だ……。

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スラム出身の最強騎士 @shirakisyu

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