第25話 一/一三二ゆえの誤り

「殺す以外の選択肢なんかないわ! 武器も手に入ったし、五対一なら確実に殺せる」


 盛んに愛莉あいりは実力行使を主張していた。

 彼女も彼女だ。

『人じゃなくてよかった』という台詞からは、だいぶ前から貴孫たかひろを警戒していたことが窺える。自分たちは運命共同体なのだ。もっと早くに⑥班のことを教えてくれていれば……いや、当時の⑤班に武器はない。徒手空拳での対策なぞ、高が知れている。むしろ、余計なことをして、尾行に気がついたと悟られることのほうが、あるいは問題かもしれない。


 愛莉あいりの対応は独善的なきらいこそあれども、仲間を増やすという意味では正しかったのだ。おかげで、貴孫たかひろとの接触に、無防備で臨まなくてよくなった。もちろん、血を流さないことが、一番であることに違いはないのだが。


 熱狂した場を鎮めるように、真司しんじが穏やかな口調で語る。


「俺は正直、どっちでもいい。いくら愛莉あいりの足が治りきっていないとはいえ、俺たちに追いつく程度には、向こうも身軽なんだ。全部の武器を持ち運んではいないだろう。盗んだぶんは、どこかに隠しているはずだ。今、ここで貴孫たかひろを殺すとなると、すべてを回収するのはできなくなるかもしれない。武器はあればあるだけ好都合だ。貴孫たかひろの拠点を調査してからでも、遅くはないんじゃないか。こんな世界で、どこにあるのかもわからないものを、歩き回って捜索するなんて、それこそ勘弁だからな。今はまだ泳がせておいてもいい」


「……。なら、翔太朗しょうたろう。お前が決めろ」

「俺が?」


 権蔵ごんぞうの急な促しに、翔太朗しょうたろうは目を丸くした。


「まっ、妥当だな。この同盟は元々、お前が締結させたようなものだ」


 真司しんじが賛同したことで、もはや表立った反対は上がらなくなる。

 黙考。

 悠長に思いを馳せる時間はない。

 どんな選択をするにせよ、すぐに決断しなければならない。

 愛莉あいりの主張にも納得できる部分は多い。とりもなおさず、貴孫たかひろが協力的でないことは確かだろう。

 だが、そうかと言って、自分たちにリベンジを試みていると、いきなり断定するのは、さすがに早計なのではないか。


 日本へと帰還する。

 その道程では、誰がどんな手がかりを見つけるのか不明なのだ。生存者は大いに越したことがない。


 武器を取り返すにしたって、真司しんじが指摘していたように、拠点を襲うという方法もある。必ずしも貴孫たかひろ本人をどうこうせずとも、やりようがあるのではないか。


 今は貴孫たかひろから逃げるのだ。

 それがいい。

 これならば、たとえ貴孫たかひろがどのようなことを考えていようとも、それを見極めて、適切に捌くための猶予を得られる。


 翔太朗しょうたろうはみなに自分の方針を述べていた。

 真司しんじはすぐに理解を示してくれたが、愛莉あいりは信じられないと言いたげに、翔太朗しょうたろうを睨みつけるだけだった。


「ちょっとでもあんたに期待した、私が馬鹿だった」

「うるせえな。お前一人で襲いに行って来いよ。それなら、誰も文句がねえだろう?」

「人数の差があることに、戦術的な意味があるんじゃない。逃げるなら、さっさとしましょう」


 たちまち、新生⑤班が移動を始める。

 いいや、この時、翔太朗しょうたろうは道を誤ったのだ。

 相手が復讐を標榜としていないなぞと、断じることは絶対にできない。

 拳斗けんとはすでに、明らかに他人を殺すために銃を乱射したのだ。その目でしかと、前例は見ていたはずなのである。


 自分たちが死刑囚であるという当たり前の事実、それを翔太朗しょうたろうは失念していた。他人を物理的に排除するという行為が、ここではごく一般的な手段として、厳然と存在しているのだ。

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異世界監獄――死刑囚による、禁じられた異世界の調査と、極限環境での魔法を使ったサバイバル。 御咲花 すゆ花 @suyuka_misahana

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