『ロード・トゥ・ハローワーク―夏の日々を振り返りながら―』
小田舵木
『ロード・トゥ・ハローワーク―夏の日々を振り返りながら―』
俺はどこを目指して歩いているんだろうか?
このクソ炎天下の中をトボトボと歩くのは難儀である。持ってきたタオルは汗でびちゃびちゃ。試しに絞ってみたら、俺の汗が
耳にはイヤホン。しばらく前に流行ったバンドアニメのアルバムを流している。そのバンドは夏の事を歌ってる。爽やかな歌詞が今は腹が立つ。
俺はまっすぐに伸びた幹線道路を歩く。暑さ対策に早朝から出たが、道には
そろそろコンビニに寄って水分補給しなきゃ
俺は視線を動かして見るが、コンビニは見当たらない。
喉がカラカラだ。口の中もカラカラ。体中から水分が絞り出される感覚。
これが砂漠を歩く者の気分だろうか?と考えてみるが。砂漠を歩く者は湿気には悩まされないだろう。そう。この日本、こと九州は高温多湿の地獄なのである。
熱さを含んだ湿気は執拗に俺にボディブローをかましてくる。
「
道すがらには人は少ない。ここ九州は車社会なのである。普通の人は免許を持っていて、車のクーラーをガンガン効かせながら走ってる。俺は
やっとコンビニを見つける。ああ、ここがオアシスかあ。
俺は小走りでコンビニに入店。中はクーラーが効いていて。外気温との差にクラクラしてくる。
飲物売り場にいそいそと歩き。俺は炭酸水を手に取る。
レジで会計を済ますと。ああ。外に出にゃならんのか。
俺は外の喫煙スペースへ。ここも陽がガンガン照っている。
俺は炭酸水のスクリューキャップを開け、一気に
冷やされた炭酸が喉を伝っていく。そう。この快感が為に炭酸水を買っているのだ。
「うぃ〜」おっさん臭い声がコンビニの喫煙スペースに響きわたる。他には誰も居ないんだ。遠慮をすることはあるまい。
炭酸水を何口か飲むと、俺は煙草を取り出し、火を点ける。
立ち上がる
ああ。後何キロ残ってるっけ?考えたくは無いが頭に上る。今、半分くらいは歩いてきたから…3キロ弱はあるかな?
ああ。こりゃ憂鬱だ。俺が熱中症になるか、目的地に辿り着くか。どっちが先なのだろうか?
俺は煙草を吸い終えると、トボトボと幹線道路に復帰。
またこの真っ直ぐな道を歩いて行かなきゃならんのか…
◆
真っ直ぐに伸びた道は。歩くと分かるが暇である。だからイヤホンして音楽を聴いているのだが。この暑さの中ではメロディも歌詞もへったくれもない。そもそも幹線道路は交通量が多すぎて、音がかき消されがちだ。
俺は歩きながら―考える…訳がない。とにかく暑くて苦しい。思考が入る暇がない。
俺はよろよろと歩を進める。ああ。九州の夏ってこんなに暑かったっけ?
◆
俺は九州の北西部で産まれた。だが、そこでの記憶は殆どない。というのも、すぐに福岡に越してきたからだ。
昔の福岡は。まあ、暑かったなあ。ガキの頃から炎天下には慣れっこである。
だけど。今ほど湿気てはなかったように思うのだ。
昔は照りつける陽の光だけが痛かった記憶がある。そう痛かったのだ。
お陰で夏は常に真っ黒な肌をして過ごしていたっけ。
黒く染まった肌で駆け抜けた夏。子どもの頃は炎天下の中でも遊んでた。
日陰で涼んだりしながら、友だち達と秘密基地ごっこをしたりして。
んで帰ってきたら、家ではそうめんを食べて。西瓜を食べて。昼寝して…あの頃は夏を楽しんでいたよなあ。
いつからだろう?夏を嫌いになったのは?
◆
俺は中学生になると、北関東に引っ越した。父親の仕事の都合である。
北関東は九州と天候が違った。どう違うかと言えば。あの痛い程の陽光がないのである。
フィルターをかけたみたいにマイルドになった陽光。でもそれは容赦なく身体を灼く。
北関東の夏の特徴は。
突然の夕立にある。俺が住んだ地域は別名を
昼を過ぎ。陽の光にほとほとうんざりしていれば。黒い雷雲が街を覆う。
部活に勤しむ者達はそれをみるといそいそと校舎の影に隠れる。
ざあっ。
そんな激しい音と共に夕立は降ってくる。物凄い勢いなのだ。
こんな時、部活で走り込みをしていたら。身体が焼けそうなくらいに火照っているから、その雨を全身で受ける。
これが何とも気持ち良かったよな。俺は当時、陸上部に属しており。長距離を専門にしていたため、練習は走り込みばかりだった。だから。夕立は嫌いではなかった。
雨で濡れた身体。程よく冷やされた身体を楽しんでいれば、そのうち夕立は止み、陽光がまた射す。
そして体操着を乾かしながら、また走りこみを続ける―
◆
俺は中学生2年以降は引きこもりになる。そして大阪へと引っ越した。
そこでは夏は―なかった。俺はずっと部屋に居たのだから。クーラーの冷気を存分に楽しみ。そして夏を浪費していった。
◆
炎天下の京都は―地獄である。
俺は社会人になってから京都に勤めだした。通勤の脚は電車。小豆色の小洒落た電車に乗って
ひぃひぃ言いながら家の近くの駅へと行く。そして電車に乗る。
最初は普通電車。そしてひと駅したら通勤快速に乗り換える。
問題は。この通勤快速電車なのである。
俺が出社する時間帯は大学の1限目の時間と被っている。そう。通勤快速は激混みしているのだ。
夏だ。だからみんな汗ばんでいる。俺も含めて。通勤快速電車の中の不快指数はマックスである。
その頃の俺は大学生を経ずに社会人になっていた為、大学生にはコンプレックスがある。
「ああ。京都
彼らには罪はない。悪いのは邪な考えを持つ俺だ。
京都
俺は改札を抜け、地下から地上へ。
そう。京都の夏の地獄はここから始まる。
盆地というのは四方を山に囲まれており。涼しい風はそこで止められる。そして溜まった熱は、京都という街を
九州や北関東の夏とは訳が違う。湿度・暑さ・風のなさを兼ね備えた夏が俺に襲いかかる。その
俺は勤め先の商業施設に入る前に、ビルとビルの間にある喫煙所に寄る。
勤め先の商業施設の喫煙所でも煙草は吸えるが、あそこにはご近所のテナントの意地悪なおっさん、おばさんが偉そうにしていて居心地が悪いのだ。
クソ暑い夏。その中の喫煙所。これが俺の通勤経路の最後にあるオアシス。
煙草を吸いながら、空を見上げる。
ああ。空はコバルト・ブルー。深い青。これから働かなくて良ければどんなに楽しいだろう。
俺はここまで京都を貶してきたが、京都という街は好きである。
なんなら通勤定期があるのを良いことに休みの日は寺社巡りをするほど好きである。
だからこそ。勤め先が京都なのは地獄である。通勤する度に、誘惑にかられる。
今から下鴨神社の
◆
俺は
京都で勤めた後は
何故なら、その頃にはうつの傾向が出始めていたからだ。
最終的に。また九州。福岡の街を歩いている。各地の夏の記憶を思い出しながら。
…ロクな思い出はないが。俺は夏が嫌いではなかったように思う。
その土地その土地の夏をそれなりに楽しんでいた。
ところが今はどうだ。とにかく夏が憎い。ムカつく。いい加減、北の大地にでも移り住みたいくらいの気分である。
夏は。うつの者にとって過ごしやすい季節である。実は。それは寒さが無いからだろう。
実際、最近の俺は調子が良い。テンションが前より上がりやすい。
これはいい傾向だ。冬になる前までに就職して仕事に慣れておきたい。
なのにだ。
俺は今は夏が憎くて、とっ捕まえてブレーンバスターをぶちかましたい気分である。
何でだろう?
…地球が着実に温暖化していて、昔より過ごし難くなっている―これがもっとも理性的な回答だと思う。
だが。そんな理性的な回答では満足できない俺が居る。
さて。俺が夏を憎んでいるのは―何故か?
それは―今の俺が。今の状況を楽しめないからじゃなかろうか?
ふと思う。今は俺は失職中で。正直楽しんでいる余裕はない。別にいそいそと就職活動をしている訳ではないが。
そうか。だからか。周りの状況を憎んでしまうのは。
こう思うと、俺は単純なヤツなんだなあ、と思う。自分の置かれた状況一つで季節への対し方が変わってくるわけだ。
馬鹿だなあ、俺は。と思うが。そんなに単純な話でも無いかも知れない。
うつに連関させて考える事も出来るからだ。
俺は自分の置かれた環境に対して、自分の状態で判断をする。
うつは環境が因子となる事が多い。環境に対するストレスが神経をすり減らすのだ。
だから。自分の状態を良くすれば。環境に対するストレスを軽減し、うつへのダメージを減らせるかもしれない…
なんて。考えてはみたが。
自分の状態を改善するのは一筋縄ではいかんぞ?
環境因子意外にもストレッサーはごまんとあるし。そもそも自分の状態を自分で改善するのは難しい。なんせ自分相手なんだもの。考える俺は脳みそが故障しているから悲観的になりがちだ。
暑い中何考えてるんだろう?
俺は道を歩きながら思う。今はやっと目的地―ハローワーク―に着こうというところだ。
ハローワークで就職への一歩を踏み出せば、俺の状態は変わるだろうか?
…変わるかも知れない。少なくとも外部的には。
だが。俺の脳みそはジャンク品で。いつ、またうつの思考が襲うか分かったもんじゃない。
夏の陽は照りつける。
俺はそこをトボトボと歩いていく。もしかしたら自分が変わるかも知れない可能性に向かって。
その周りを覆うのは湿気た暑気。少なくとも祝福はしてくれない。
◆
ハローワークの中は冷房が効いていて。まるで天国みたい。
全国の失職者諸君には覚えておいてほしい。ハローワークは冷房が効いた天国なのだ。
俺は入口の求人と職業訓練の案内を冷やかし、受付へ。そして、求人検索パソコンの席を取る。別に暑い中わざわざハローワークに求人を検索しにくる
だが、俺は放っとくと引きこもる。だから定期的にハローワークに偵察に来るわけだ。運動も兼ねている。
ハローワークの中には失業者仲間が一杯だが。俺のように汗に塗れたヤツは居ない。
みんな車で来てるんだね…
◆
今日も求人を検索して。収穫無しで帰る。
どうにも後一歩が踏み出せない。
俺は自分を変えるチャンスを今日も逃した…
そう思うと帰り道が憂鬱だ。
帰り道は更に暑さが増している。早朝に出ると行きは少しは余裕があるが、帰りは最高潮に達した暑気が俺を襲う。
俺は。夏を楽しめない。
それは俺の心に余裕がないからだ。どんなに暑い夏でも心持ち一つで感じ方は変わる。
来年こそはこの暑い夏を楽しもうと思うのだが…それまでに俺は変われるだろうか?
変わらなくちゃいけない。そうしないと、俺は死ぬしかなくなっちまう…っと拙い。うつ特有のオール・オア・ナッシング思考が頭を覆いだしている。
…アイスでも買って頭を冷やそう。
そして。次に繋がる帰り道を頑張って帰ろう。
夏は―俺とは関係なしに過ぎていく。もうすぐ9月。
◆
『ロード・トゥ・ハローワーク―夏の日々を振り返りながら―』 小田舵木 @odakajiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます