第9話 どうしたらいいの

「幸香、入るわよ」

 

 静かな部屋に扉のノック音が響く。

 母だ。


「幸香、大丈夫?」

「なに?」

「具合はどう? 学校には行かなくていいの?」


 あたしはいま、三日間学校を休んでいる。

 とくに具合が悪いとかじゃない。何かも嫌になってしまった。

 たしか今はテスト期間だった気がするけど、そんなことはどうでもいい。

 

「あの人は、今いるの?」

 

 あの人と言うのは、母親の再婚相手の事だ。

 

「えぇ、玄関にいるわ。幸香と話がしたいって言ってるの。良かったら――」

「帰って」


 あの人とは口も聞きたくない。

 

「で、でも。優しい人だから、話だけでも――」

「帰ってよ! あたしはあの人が父親なんて認めないから!」

「……」

 

 少し言いすぎてしまったと気づき、謝罪する。

 

「ごめん、少し言いすぎた」

「いいのよ。でも、あの人のこと悪く言わないで欲しいの。とてもいい人なのよ」

「……」

 

 少しの間、静寂が漂う。


「そうだわ! 粟井くんだったかしら? お見舞いに来てくれたわよ」

「えっ?」

 

 その人の名前を聞いて、胸が苦しくなる。

 

「これ、幸香に買ってきてくれたんだって、優しい子ね」


 袋には、あたしの大好きな蜜柑のゼリーと、消化にいいレトルト用品がいくつか入っていた。

 あたしの大好物だ。たぶんみやっちゃんが教えたんだろうな。

 

「ふふ」

 

 自然と頬が緩む。

 

「お腹空いたでしょう? ご飯の用意しちゃうわね」

 

 あたしの返事を待たず、そう言い残したお母さんは、リビングへと向かった。


 一人になり急に心細くなる。

 周くんとみんなと、一緒に過ごした日々を思い出すと胸が苦しい。

 

 「うぅ……どうしたらいいんだろう……」

 

 こんな思いをするなら初めから友達なんて作らなきゃよかった。色んな所に行って思いでなんか作らなきゃよかった。

 思い出を作れば作るほど、失った途端。傷も深くなるのをあたしは知っている。

 

 あたしにはお父さんがいた。

 いつも笑顔が眩しくて、どんな時もあたしに味方をしてくれた。小さいころにあたしをイジメていたいじめっ子を徹底的に懲らしめてくれたりもした。

 家系ラーメンと読書が大好きで、たまにお酒で問題を起こすことはあったけど、とても素敵なお父さんだった。


 

『お父さん、だーいすき!』

『俺も大好きだぞ~! 幸香、お前が大人になったらべっぴんさんになる! 俺が保証する』

『もう、あなたったら……』

 

 小学六年生の頃だった。

 そんな幸せな家庭に事件が起こった――

 

 飛び出してきた子供を避けた父の車が、対向車線にいたトラックと衝突。

 あたしたちをおいて亡くなった。

 

『一緒に遊園地に行くって約束したのに……うぅ……どうして……』

『うぅ、そうだね……でも大丈夫よ。私が付いてるわ』

『お母さん……』

 

 しばらくの間学校にも行けず立ち直れなかったあたしを「一緒に頑張ろう」「大丈夫だよ」と、お母さんは優しく慰めてくれた。

 お母さんも悲しかったはずなのに、弱音なんか見せずあたしのことを育ててくれた。

 色々大変だったと思う。わがままも沢山言った。

 

 お母さんさえいればあたしは頑張れる。そう思った。

 

 でも1年前のある日、お母さんが再婚相手を連れてきた。斎藤文則さん。40歳、外資系企業に努めている優秀な人だった。

 

『幸香さん、宜しくね。お母さんの再婚相手になる予定の斎藤です』

『は、はい。宜しくお願いします……』

『とてもお綺麗な娘さんですね』

『ありがとうございます』

 

 まさにお母さんにふさわしい人だと思った。紳士でお母さんの幸せを一番に願う素敵な人。

 斎藤さんは、前のお父さんと同じように接してくれて大丈夫と、気を使ってくれた。

 いつまでもお父さんのことを引きづっていては前には進めない。その1歩を踏み出すチャンスだと思った。

 だけど、あたしは、その一歩が踏み出せなかった。

 

 踏み出そうとすればするほど忘れられなくなる。

 思い出さないように写真も捨てたし、誕生日にプレゼントしてくれたものも全部捨てた。

 それが再婚相手の斎藤さんに対して失礼だと思ったからだ。

 

 それでも、何があってもあたしのお父さんはあの人しかいない。再婚しようと書類上で親子になろうと、あたしのお父さんは一人しかいない。

 

 お母さんが幸せになることを拒絶してる自分に腹が立つ、お母さんに裏切られた気持ちになって胸が苦しくなる。決してそういうつもりじゃないのは分かっていても。

 

 そしてあたしはお母さんと距離を置くことにした。

 

 でも、学校は家族のことを忘れられる唯一の楽しみだった。

 特に周くんと過ごした日々は、あたしの大切な思い出。

 

 一緒にお買い物もしたし、海と球技大会ではカッコいいところも見れた。

 たくさんおすすめのゲームも教えてくれたし、一緒に勉強もした。

 そうだ、物理の試験はどうなったんだろう。ちゃんとできたかな?



 その時、ふと、スマホの通知が鳴る。

 既読が付いていない周くんのメッセージがいくつか残っていて、急に申し訳ない気持ちになる。


『そうだ! 物理の試験、いい感じに解けた! 渡辺のおかげだよ。ありがとう! お大事に(*'▽')』

『体調良くなったら、お出かけしような!』


 と、可愛いスタンプと共にメッセージが送られてきた。

 この前、初めてあたしを遊びに誘ってくれた。とても嬉しかったなあ。でも……。

 

「ごめんね、周くん――君とはもう会えないんだ――」

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