第8話 過去

 次の日、また次の日も渡辺は姿を現さなかった。

 そういえば、渡辺の家にお見舞いに行ったことを宮本に話してなかった。

 そう気づいた俺は、宮元に身体を向けて喋りだした。


「よお、宮元」

「んあ? どうした?」


 いつも通り、気怠い表情をしている。


「この間、渡辺の家にいったら、ご両親と話したよ」

「へぇ〜珍しいね。そこにお父さんはいた?」

「あぁ、いたな。普通にいい人だったぞ」

「へぇ〜、そっか。で、何か言ってた?」

「軽く世間話をしたな」

「そう……」


 宮本が何か思い詰めたような表情を浮かべた。


「風邪じゃないよ」

「えっ?」


 宮本が唐突にそう呟いた。

 薄々そうじゃないかとは感じていた。

 でも、何が原因で渡辺は休まざるおえなくなったのかあの後一人で考えてはみたが見当もつかなかった。


「宮本、教えてくれ。何が原因なんだ?」


 宮本は少し考えた素振りを見せた後、いつも通りの気だるい感じで話し始めた。


「再婚するんだよ。その人と」

「って言うことは、前の父親は……」

「うん。ずっと前に亡くなった」


 だからか、家にお邪魔した時に女性者の靴とシャンプーしか見当たらなかったのは。

 合点がいった。

 ということはあの空き部屋も亡くなった父のものとみて間違い無いだろう。


 渡辺家にも人には言えない事情があるんだな。

 家庭の事情というやつだ。


 ずっと、こちらから連絡しても返事がないのは気になるが、それどころじゃないんだろう。


 それにしても、新しいお父さんができるのってどんな気持ちなんだろう。考えたこともない。

 自分なら、嬉しいだろうか、楽しいだろうか、いやもしかしたら悲しいかもしれない。

 それでも複雑な家庭環境になるのは必然。


「だから、待ってあげて」


 宮本が、優しい表情を俺に向けた。

 渡辺のことを心のそこから心配しているのだろう。いつもとは違い優しい口調でそう言った。


「そうだな。親が変わっても渡辺は渡辺だ。色々大変だとは思うが、俺たちはいつも通りでいよう。その方が渡辺も安心するだろうしな」


 家庭周りのことが落ち着くまで時間はかかるだろうが、帰ってきたら笑顔で出迎えよう。

 渡辺がいないと親衛隊もうるさいからな。ちなみにさっきまで発狂していた。


「粟井にしては、カッコいいこと言うじゃん」

「しては、が、余計だけどな」


 俺はずっと、気になっていた違和感が解消された。

 とてもすっきりした気分だ。


「宮本、教えてくれてありがとう」

「別に……あんた、ずっとさっちゃんのこと気にしてたみたいだったから」

「えっ? 俺そんな風に見えた?」

「うん。さっちゃんが来なくなってから、分かりやすいくらいにソワソワしてたよ」


 それは恥ずかしい。


 何かと最近、渡辺が夢に出てきたり、いないのに何度も後ろを振り向いたりもした。


 知らないうちに俺の中で、渡辺はいなくてはならない存在になってしまっていた。

 インドアの俺がお見舞いにいくぐらいにな。

 恥ずかしい話、友達以上の気持ちを抱いている。


 最近になって、渡辺といる時間が増えた。それが俺の気持ちを押し上げたといってもいい。

 ちなみにこれは口が酸っぱくしても誰にも言えない。


「とりあえず、話してくれてありがとう。なんか、肩の荷が降りた気がするよ」

「ふふ、超大袈裟。実は、あーし、最近、話す相手がいなくてさ、退屈してたんだよね……だから、粟井がいてくれて助かってるよ。あんがと」


 笑顔を浮かべる宮本。

 なんだかんだ宮本も寂しがり屋だな。


 渡辺がいなくなってから、圧倒的に周りに影響が出ている。

 それだけこのクラス、学校内での影響力が大きかった証拠。

 

 早く戻ってきて欲しい。そして、いつものように笑顔を浮かべながら――

 ただそれだけを祈った。



 帰宅し、今後の計画を練る。

 そうだ、渡辺と出かける場所の予定を立てなくては、少し気が早い気もするが、準備は前もって済ませておくほうがいい。


「よし、まずは……」


 渡辺と過ごす一日を頭の中で考える。行くなら動物園とか、水族館とかもいいかもな。ベタに映画も有りだな……。

 まずは、駅前で待ち合わせをして、それからお店とか色々見て回って……ご飯食べて……。


 そうだ! 前にスタバが好きだって言ってたけ。

 なら予定に入れておかなきゃな……。


「これと、後は……」


 いや、やめだ! 俺らしくない。

 スケジュールを練っても100%その通りにはいかないのは水着の一件で痛いほど思い知ったはずだ。結局あの時は、色々お店を巡ったおかげで3時間後に水着を買う羽目になったんだったけ。思い出すと懐かしい。

 あの時は楽しかった。たしか、渡辺と出会って間もなかったな。


「あ~~~~~~どうすっかな~~~~~」


 頭を抱える。

 何故、こんなに悩んでいるかと言うと、その日、俺にはやらなければいけないことがある。

 俺は、渡辺に告白する。


 渡辺への気持ちを伝えようと思う。

 正直、緊張する。小中高と女の”お”の字もなかった俺にとうとう春が来たのだ。


 それに、中途半端な関係を続けるよりは、想いを伝えて気持ちをハッキリさせたほうがいい。それが振られるとしてもだ。

 もし振られても、それはそれでいい。元のオタクライフに戻るだけ、そんなに痛くはない。川辺たちには笑われるだろうが、そんなの関係ない。


 そう自分に言い聞かせるが、俺の心臓はバクバクと脈を打つ。

 既に緊張している……。


「いや! 落ち着け! 粟井周介」


 エロゲで散々経験してきたじゃないか、リアルで経験がないからなんだ!

 俺にはエロゲで培った知識がある。どうということはない。


 そうだ、普通にお出かけして、楽しむんだ。

 余計なことを考えるのはやめよう。


 緊張と不安もあるが、純粋に楽しみでもある。

 渡辺と二人きりで出かけるのなんて、水着以来だからか、自然と気持ちが高ぶってしまっている。

 俺は渡辺の笑顔が見たい。そうだ、俺が緊張してどうする。渡辺を楽しませるにはまず、俺も楽しまなきゃいけない。


 気持ちを落ち着かせるためにベッドに寝転んだ。


「いつでも待ってるからな。渡辺、早く帰って来いよ――」

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