第7話 ギャル失踪
テスト週間三日目――
勉強期間はあっという間に過ぎ、俺はテスト当日を迎えた。
国語、数学、英語は、日々勉強していた甲斐があり問題なく解答用紙を埋めることができた。恐らく80点以上はいっただろう。
問題の物理では、ちょうど渡辺ゼミでやったところがいくつも出題されたおかげでなんとかなりそうだ。
これで赤点は防げる。
「終了でーす! 後ろの人から解答用紙を回してください」
先生の合図が教室に響き渡る。後ろを振り向き気づく。
今日も彼女の姿はない。
テスト期間に入ってから彼女の姿を見ていない。
自分の解答用紙を前の人に渡す。
彼女が学校に来なくなって三日間が過ぎようとしていた。
さすがに気になった俺は、親友である宮本に事情を訊いてみることにした。
屍のように机に突っ伏している褐色ギャルを揺する。
「んあ? なに?」
ちょっと機嫌が悪そうだ。テストの結果が良くなかったのだろう。
「なぁ、渡辺のやつ、ずっと休んでるけど何かあったのか?」
宮本は少し考える表情を浮かべたが、すぐいつも通りの気怠い顔に戻った。
「知らない。風邪なんじゃない~?」
「最初は俺も思ったんだけど、RINE送っても全然返信ないのはおかしくないか? 担任にも訊いてみたんだけど、風邪だって言うし……」
さすがに心配した俺を見かねたのか、
「心配ならお見舞いにでも行けば? 家知ってるんでしょ?」
「まぁな。でも、迷惑じゃないか?」
「あんたが来るならさっちゃんは喜ぶと思うけど?」
今日のテストは午前中で終わる。時間も余裕があるし行ってみるか。
「それじゃあ、行ってみるよ。何か伝えておくことあるか?」
「テスト死んだ~、って伝えといて……」
「分かった……。ドンマイ」
言い終えると、またも机に突っ伏しだした。
もうそっとしておこう。
鞄にノート類をしまい教室を出ようと思ったその時――
「ちなみにさっちゃんは、蜜柑が入ったゼリーが好き」
宮本が思い出したかのようにしゃべりだした。
お見舞いに買って行けと言うことだろう。
「宮元、ありがとな!」
俺は、慌ててお礼をいい、教室を飛び出した。
◆
前に渡辺の家に勝手にお邪魔してしまったのを思い出す。
さすがに手ぶらで伺うわけにはいかないので、近くのデパートで少しお高いクッキーとコンビニで蜜柑のゼリーと消化にいいレトルト用品を買うことに。
コンビニ飯より美味しいものを親が作ってくれているだろうが、ないに越したことはないだろう。
駆け足で渡辺の家に向かう。すると、
四十代ぐらいの男女が玄関の前で喋っているのが目に入り、慌てて隠れる。
恐らく、ご両親だろう。
盗み聞きをしようとは思ってなかったが、二人の会話が聞こえてきたので少し聞き耳を立てる。
「文則さん、あの子大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。強い子だし、ちゃんと話し合えば分かってくれるはずさ」
「そうよね……」
「あの子はまだ寝てるのかい?」
「そうみたいなの。ずっと体調が悪いって……」
「そうか、今は落ち着くのを待とう」
文則さん、というのは父親だろうか。黒いスーツに身を包み。悲しそうに佇む母の背中を優しく撫でている。とても優しそうな人だ。
母親に至ってはとても上品な感じがうかがえた。恐らく年齢は40歳半ばだろうか、とてもそれを感じさせない整った顔立ちと品がある立ち姿。どこかのお姫様か、と一瞬見間違えるぐらいに素敵な人に見えた。蛙の子は蛙というか、親が美人だと子もそれを受け持って生まれてくるんだなと改めて実感した。
話の内容が明るくなったのを見計らい。今来たばっかりだという雰囲気をまといながら話しかけることにした。
「す、すみません~」
「あら? どなたかしら?」
「粟井と申します。渡辺……いえ、幸香の友達です」
怪しまれないよう渡辺の友達であることを簡潔に話す。
「さちかのお友達ね! 何か御用かしら?」
「三日間もお休みされてたので、心配になってお見舞いに来ました。すみません、いきなりお伺いしてしまい」
「あら、お見舞いに? わざわざありがとうね。良かったら上がっていって頂戴。幸香も喜ぶわ」
「いえ! 今日は、お見舞いの品とこちらを渡しに来ただけですので」
俺は、先ほど買ったクッキー諸々を袋から出して渡した。
「まぁ、これ、高いクッキーじゃない? どうして」
「前にこちらのお家に勝手にお邪魔させていただきまして……そのお詫びというか……」
俺は申し訳なさそうに言った。
勝手に家に上がってしまったことに対して、俺はずっと罪悪感を抱いていた。
しかもお風呂まで借りたし……。
「うふふ、とても律儀な人なのね。全然気にしてないわよ。あとこれ、ずっと食べてみたかったから嬉しいわ♪」
その笑顔をみて俺は、あぁ、渡辺の母親なんだと再認識した。
渡辺が見せる笑顔と瓜二つだったからだ。
「僕からもお礼を言わせてほしい。粟井くん、だったかな? わざわざありがとう。君が来たと知ったら幸香も喜ぶよ」
渡辺のお父さんは優しい笑顔を浮かべた。
とても素敵なご両親だ。
「いつ頃、学校に来られるか分かりますか?」
俺は気になっていることを訊いてみた。
やっぱり渡辺がいるといないとではクラスの雰囲気が違う。親衛隊に至っては絶望の表情を浮かべながらテストを受けていたし、宮本も最近になって表情が暗い。
「もしかして、君、知らないのかい……?」
父親が怪訝な表情を浮かべながらつぶやいた。
知らない? いったいどういう事だろう
「幸香、まだ誰にも言ってないのかしら……文則さん」
「うん……」
何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか、二人が言い淀んでいる。
「あの? どうかされました?」
「あぁ、いえ、なんでもないわ。幸香が話してないのなら、私たちが言うべきじゃないわ」
「そうだね」
さすがにこれ以上何かを訊くのは失礼だと感じた俺は、渡辺家を後にした。
二人とも俺が見えなくなるまで笑顔で手を振ってくれた。
とてもいい家庭で、娘を愛している素敵なご両親ということは分かった。
けど、何かを隠している。
なぜだろう、この後よくないことが起こりそうな。そんな予感がする。
明日宮本に訊いてみよう。何か知ってるかもしれない。
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