第14話 夢の中で
ローズマリーとコンスタンティンが少しずつ引きずるように意識
コンスタンティンとローズマリーがゲハルトを抱えてようやく休憩室の扉の前にたどり着いた時には、屋内だけの移動なのに、2人とも汗だくだくになっていた。
「マ、マイケ、お願い、扉を開けて!」
「すみません! すぐ開けます!」
2人は這う這うの体でやっとゲハルトを寝台に寝かせたので、少々乱暴にドサッと投げ落としたような形になってしまった。その時、ローズマリーはゲハルトの身体と同時に寝台に身を投げ出したようになり、ぜぇぜぇと荒く息をしてしばらく起き上がれなかった。
「ハァハァハァ……よう、やく、寝かせ、られ、たわ……」
「若奥様、私は汗をかいてしまったので、着替えてきます」
「ハァ、ハァ……コンスタンティン、貴方、もう……起き、上が……れるの? ……わ、私、駄目……」
「ええ、私は大丈夫ですが、若奥様は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ……ちょ、ちょっと、休めば……」
「若奥様、私は濡れ布巾を取りに行ってきます!」
コンスタンティンが部屋の中にある自分の着替えを持って脚を引きずりながら出て行った後、すぐにマイケもゲハルトの額に乗せる濡れ布巾を取りに出て行った。ローズマリーもようやく息を整えられ、汗もひいて落ち着いてきた。
「あーあ、私も汗でびっしょりだわ。せっかく男装したけど、着替えないと……ひぃっ?!」
着替えをするために寝台から起き上がろうとして、ローズマリーは腕を突然掴まれ、驚いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……待っ……ロミー……」
「え?! ゲハルト? 意識を取り戻したのね?!」
「ロ……ロミー……」
「ゲハルト?……まだ意識がはっきりしないのね。その呼び方、久しぶりだわ」
愛称を呼ばれ、ゲハルトと婚約者クレメンスの3人での子供時代の思い出がローズマリーの脳裏に浮かんできた。
ローズマリーの父親は靴職人で、クレメンスの両親の仕入れ先でもあった。両家族は家族ぐるみで仲良くしており、ローズマリーはクレメンスの商会の従業員の息子だったゲハルトとも子供の頃から3人で仲良くしていた。ローズマリーとクレメンスの婚約が決まった時に、ゲハルトはけじめをつけてロミーという呼び方と親しい話し方を封印し、彼女の傍にいるのが辛くて騎士になった。だがクレメンスとその両親、出張に同行したゲハルトの父が行方不明になったのを聞き、男手のない商会を手伝うために商会に戻った。ローズマリーは商会を守るために婚約者の叔父に弱みを握られないように頑張っており、ゲハルトはそんなローズマリーに積極的にアピールできないでいる。
いつの間にかローズマリーの腕を掴んでいたゲハルトの手は離れていた。彼女は起き上がって寝台に座り、熱にうなされるゲハルトの顔を見た。彼の額から汗が流れ落ちたのが見えて、ローズマリーはトラウザーズのポケットからハンカチを出して拭った。
マイケが休憩室を出て行った時、扉を薄く開けたままにしてあったので、その様子は戻って来ようとしたマイケにも見えた。彼女は何となくその時に部屋に入っては悪いような気がして
「マイケ? それともコンスタンティン?」
「私です、マイケです。コンスタンティンさんは着替えを終えて表で待ってます」
ローズマリーに声をかけられて、マイケは布巾と水の入った桶を持って部屋に入って来た。
「ゲハルトの身体を拭いて額を濡れ布巾で冷やしてあげて。もうぎりぎりだから、出発するわね。クレメンスの着替えが2階の寝室にあるから、着せ替えてあげて」
ローズマリーは部屋を出て行き、2階でもう1度着替えてコンスタンティンと共に仕入れに出かけていった。
残されたマイケは、ローズマリーの言いつけ通りに2階へ行ってクレメンスの洋服を取って来た。ゲハルトの額に汗が浮かんでいるのを見て濡れ布巾で拭い、布巾を桶の水ですすいで額に乗せた。
「……ロミー?」
ゲハルトはまたローズマリーを愛称で呼び、意識がまだ朦朧としているようだった。そんな彼の顔をじっと見てマイケはポツンと
「ゲハルト、貴方、やっぱりまだ……?」
マイケはふぅーっと息を吐き、ゲハルトの汗で濡れたシャツに手をかけた。意識のない人間の身体は重く、ましてや男性のゲハルトは中肉中背でもマイケにとっては重い。汗だくだくになりながら、マイケはゲハルトにシャツをようやく着替えさせた。でもトラウザーズまで着替えさせる勇気が出なくて、その着替えを寝台の横の椅子の上に置いた。そして彼女自身も汗で貼りつく服が気持ち悪く、着替えのために部屋を出た。
それからまもなくゲハルトの意識は徐々に浮上してきた。すぐに濡れ布巾が額の上にあるのに気付いた。
「……ロミ……若奥様がしてくれたのですか?」
ゲハルトは目を開けて部屋をキョロキョロ見回したが、誰もいなかった。
「なんだ、もう出かけたのか、あーあ……それにしても久しぶりだったな、ロミーって呼んだの。夢の中だったけど」
ぬるくなった濡れ布巾が不快になり、ゲハルトはナイトテーブルの上の桶の横に投げ出した。すると枕の横にハンカチが落ちているのが目に入った。手に持って顔を近づけるとすぐに恋焦がれた匂いが鼻をくすぐった。
「ロミー……」
ゲハルトは泣きたくなったが、マイケが商会にいるのを思い出し、掛布を上に引き上げて顔を隠そうとした。するとさっきの心地よい匂いは消え去って見知らぬ男の匂いが鼻腔をかけ上ってきた。途端にゲハルトはこの寝台でコンスタンティンが寝起きしているのを思い出し、忌々しくなって掛布を蹴り飛ばした。
「クソ! よりによってあいつと2人きりだなんて!」
その時ノックの音がした。ゲハルトは慌てて寝台の横に落ちた掛布を拾い、寝台に戻って何食わぬ顔して元通り、横たわった。
世界をまたいだ恋~植物状態になった恋人も異世界に転生してました~ 田鶴 @Tazu_Apple
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