貴方の近くて遠い隣人

天野創夜

貴方へ


 今日は、今日は月が綺麗ですね。


 ふふふ、こう書くと『こんにちは』と『今日は』で分かれて書くことが出来るんですよ。


 漢字って面白いですね。

 さて、これを読んでいると言うことは、私はもうこの世界にはいないのでしょう。


 何てこった! まだ読みたい本や漫画があるのに!


 て、思いながら書いています。それはさておき、

 多分、きっと、いえ絶対に、あなたはこの手紙を読んで涙を流しているのでしょう。

 それがたとえあなたのせいだとしても、私は笑って許します。


 だって、私の人生はこんなにも、満たされていましたもの。


 あの時の事故がなければ、私はこんな幸せを味わえませんでした。

 友人は私を笑わしてくれました。

 母は、私が怖くて泣いているとそっと抱いて寝かしつけてくれました。


 は——こんな私を好きって言ってくれました。


 本当に嬉しかったです。拙くでしたが、何とか答えを返すと、彼は泣いていました。

 嫉妬してしまいそうです。

 それからアニメや、漫画という娯楽を味わいました。

 結構これが奥深くて、気づけば毎日見ててお母さんに怒られたり……。

 そうして、あっという間に時間が過ぎました。


 本当に楽しかったし、泣きそうな事もありました。



 ……私は気づいていました。



 私に残された時間はもう残り僅かだということを。



 日々、自分が壊されていっているのが分かるんです。



 でも不思議と悲しい気持ちにはなりませんでした。



 けど、こうして手紙を書くと何だか気持ちがブレそうです。



 でもこれも彼のため……だから今私はこうして頑張って書いているのです。



 でも、もうそろそろ時間です。

 最後に、ワガママとお願いを言っても良いですか?




 ……もっと、遊びたかった。


 もっと、家族と一緒にいたかった。


 もっと、もっと、もっと──




 ──彼と、一緒にいたかった。











 彼と、幸せに生きて下さい。いつまでも、いつまでも。


 それが、私の最後の願いです。

 それでは、さようならです。

 あなたの心に、いつまでもいますからね。


 貴方の隣人より


 ――――



 解説


 読んでお気づきになられた方もいらっしゃるかと思います。

 実は二通りの読み方ができ、


 一つは、事故の後遺症で段々と体が動かなくなっているヒロインが、恋敵である友人に送った手紙。

 段々と体が動かなくなり、声も出なくなって、アニメや漫画が娯楽となり、筆談になるつれに、漢字の奥深さを知ったヒロイン。

『彼』との告白の返しに『拙く』と書いたのは、筆談であるためです。



 二つ目は、事故の後遺症で、記憶を失ってしまったヒロインが、記憶が戻りつつあるヒロイン(以後ヒロインちゃんと略します)宛てに書いた手紙。


 事故がなければ、ヒロインが生まれなかったので、ヒロインはこの幸せを大事にしていました。また、言語も少し抜けていたので、漢字の面白さや、言語習得のためにアニメ等を見てました。


『彼』の告白の答えは、ヒロインではなくヒロインちゃんのために断りました。

『拙く』と書いたのは覚えたての言葉を使っての事なので、拙くと書きました。

『日々、自分が壊れていっているのが分かるんです』は、事故で体が動かなくなった事も指すのですが、ヒロインの自己がなくなりつつあり、記憶が戻ろうとしていることへの比喩です。


 最後の言葉は……皆さんのご想像にお任せします。

 他にも『こういう意味があったのか』という部分もあるので、是非もう一度読んで下さると嬉しいです。


 文字通り、この手紙には無限の可能性が秘められています。

 貴方は最初、どんな印象を受けましたか?

 このまま消えていくなんて……ヒロインちゃんが可哀そう! 


 ……その見方でいられる内が一番幸せなのかもしれませんね。


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貴方の近くて遠い隣人 天野創夜 @amanogami

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