心情


 偉そうに啖呵をきったはいいものの、己のなんと情けない事だろう。伝えたい事は山程あるのに、それを表す適切な言葉が見つからない。最適な言語を俺は知らない。好きだとか、そんな浅はかな感覚で表せるものじゃない。きっともう、恋情の域を超えている。近い言葉で表すとすれば、そう、信仰だ。あの子は自分の神様だ。手の内にあるのにいつまでも届かない、掴んでいる筈なのに全く掴めていない。けれども確かに傍に在る。大気を漂う酸素と同じだ。失えば即死に至る。自分の持つ陳腐な語彙では、到底表現し難い。ずっと重苦しくて、繊細で、細くて脆い糸が長い年月をかけて複雑に織り合いぐちゃぐちゃに絡まってしまった様な、漠然と苦しくて心地いい感覚が、ずっと自分の深い部分に居座っている。いつからこんな風になってしまったのか、必死に記憶を辿ってみたけれど、考えれば考える程分からなくなって、遂には思い出せなかった。何がどうなってこうなった、俺はどうしてここに居る、あの子は何故あの場所に居る。どれだけ考えたところで、一人で答えを出せる筈がなかった。けれど、他の誰に打ち明けることも出来ない。思考が詰まって頭が重い。早く報われたい。救われたい。けれど、今の自分にそんな資格が何処にある?現状を招いているのは他でもない自分であって、今更覆せる筈がなかった。機を逃してばかりで、いつまでも辿り着けない。俺はいつも選択を誤る。割り切ってしまえば望みは明白だというのに、理解出来たところで辿り着く為のプロセスが程遠い。他でもない自分の所為だ。未だに何一つはっきりしていないのに、中途半端に終わるのだけは、嫌だ。早くしないと、捨て駒にされるのは他の誰でもない、この俺なのかもしれないと焦ってしまう。かつての彼奴がそうであったように。一度、ウサギの悪魔が部屋に現れてから、薄ぼんやりしていた視界が悪い意味で一気に開けてきた。むしろ謎が延々と増えるばかりだ。気が急いてしまうけれど、しかし、まだ何も結果を出せていないというのに、宣言だけをしたところで信用性に欠ける。そもそも実行出来る保証すら無いのだ。叶わないのに夢ばかり語って期待させる様な真似はしたくない。彼女は俺が何を考えているのか、本当に解っているんだろうか。心を読める魔女ならば、俺の望みはとっくに透けている筈だ。それなら何故、あんな事を尋ねたんだろう。あの子は、何を視ているんだろう。何処を目指しているんだろう。求める先の未来に俺は居るんだろうか。以前は無我夢中で走り続けていられたのに、今ではその自信さえ失いそうになってしまっている。もう一度ウサギの悪魔と話すことが出来れば、真相を確かめられるのかもしれない。しかし直接聞くことさえも、なんだか躊躇ってしまう自分がいる。真実を知るのが怖いのだ。

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再演 七春そよよ @nanaharu_40

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