第3話 【番外編】続編の推し攻略が始まる前に自分が攻略されているのですが

 平民であるシーナは、本来なら祝勝パーティーに参加できるようなドレスは持ち合わせていない。けれど、そこは神の乙女として見劣りしないだけのドレスを王から与えられていた。

 本来ならエスコートなしで参加するはずだった祝勝パーティーだが、シーナの隣には男がいた。


 レオナルトである。


「シーナ様、手が逃げてますよ」


 レオナルトの腕に絡めていた手をそっと外そうとしていたシーナを、レオナルトの反対の手が掴んで逃げられないようにする。ひっ、と声をあげてシーナが目線を上にあげれば、レオナルトの紫の瞳が彼女しか目に入らないとばかりに見つめていて、また小さく声をあげてパッと目を逸らす。


 心臓がどうにかなりそうなくらいにバクバク鳴っていて、手を心なしか汗でじっとりしているように感じてしまうシーナだ。未だにナールがレオナルトだったという事実を受け入れられていないのに、朝からずっと刺激が強すぎる。


 今朝は、目覚めた時にレオナルトの顔が真横にあって、同じベッドで寝ていたという事実でまず叫んだ。幸い服は一切乱れていなかったから、前夜のキス以上のことはされておらず、添い寝されていただけのようだった。いや、そもそもレオナルトであると分かった途端にキスを二度もしたこともまだ脳が処理しきれていない上に、添い寝というのも刺激が強すぎた。


 レオナルトは、ナールの時に着ていたローブではなく普通の服を着ていたから、シーナが気を失った後に着替えてから、わざわざ隣に戻ってきて一緒に寝たということになる。それも一人用の、狭いベッドで。


 その状況を思い出して、シーナはカっと頬をまた赤らめた。レオナルトに握られた手がまた汗をかいたように思えて、笑顔がひきつる。


「ね、ねえ……ナールと一緒に祝勝パーティーに出るとは言ったけど、エスコートまでしなくちゃだめだった……?」


 ちらりともう一度レオナルトのほうを見ると、相変わらず紫の目がシーナの方を向いている。


「ええ、もちろんです。シーナ様のパートナーは私なのだと見せつけねばなりませんからね」


 重ねた手をすり、と撫でながら、とんでもないことを言う。手をひっこめたくても、両手でがっちりとガードされていて、シーナは逃げられない。


 どうしてレオナルトはこんなに平然としているのだろうとシーナは思う。今のレオナルトは、どこから借りてきたのかきちんと礼服を着ていて、髪も整えているし、最高にかっこよかった。レオナルトの姿はゲームの中でしか見ておらず、シーナにとってはほとんど初対面みたいなものなのに、本当に刺激が強すぎる。いくら百合友情エンドを目指してナールと仲良くしていたからと言って、見目の良い男にいきなり恋人のように甘く接せられて動揺するなという方が無理だ。


「……それとも、私と一緒なのは、嫌でしたか?」


 シーナの手を撫でていた手が離れ、彼女の頬に添えられて、レオナルトのほうを向くように顔を上向かされる。困ったように縋るような目と視線がかちあって、シーナの胸が跳ねた。昨日から自信満々に振舞っていたのに、急にこんな風に甘えて見せるのは反則だ。


「そうじゃ、ないけど……」


「良かったです」


 安心したように息を吐いたレオナルトが、こつん、と額を合わせてくる。キスでもされるのではないかというその顔の近さに、動揺したのはシーナだけではなかった。会場で二人を遠巻きに見ていた人々がどよめく。


 そもそもシーナが祝勝パーティーの会場に、レオナルトにエスコートされて現れた時、会場内はちょっとした騒ぎだった。毎日一緒にいた聖騎士たちですら手を触れたことのなかった神の乙女が、見知らぬ男、それもかなり見目のいい男をパートナーとして連れてきた。しかもエスコートのために腕を絡めていたのだから、聖騎士たちのショックは計り知れない。


 誰とも深い仲にならないからこそ、片思いでもまだ諦めきれていなかった聖騎士たちは、まさに頭を金づちでうたれたようなショックで、シーナたちが会場に現れた後、未だ誰も声をかけれていなかった。


 一番親しいはずの聖騎士たちが声をかけられないのだから、ほかの招待客が声をかけられるわけもない。


「近いよ……」


 ふい、とシーナは顔を背けたが、その顔が耳まで真っ赤になっているせいで、彼女が嫌がっている訳ではないのだと、周囲の人間は察してしまう。


 こんな二人の世界を展開しているシーナたちには話しかけられないかと思ったが、一人の猛者がシーナたちに近づいてきた。


「……シーナ、良い夜だな」


 聖騎士のアレックスだ。彼はもともとこの国の騎士団長で、見目も地位も社交性も申し分ない

男だ。ちなみに果てそら1のパッケージの真ん中を陣取るメイン攻略対象である。


 シーナが見知らぬ男と親しげにしているという衝撃から未だ立ち直れていない風情ではあるが、これ以上見過ごす方が耐えきれなかったのだろう。顔にはかろうじて笑顔を貼り付けているが、目はレオナルトを見ていて、動揺を誤魔化しきれていない。


「……アレックス、こんばんは」


 対するシーナはと言えば、エスコートを断っている手前、きまずいものがある。アレックスがレオナルトを見ているのに気付いて慌ててレオナルトの紹介をする。


「え……っと、こちらはレオナルトです」


 それ以上紹介しようがなくてシーナは言葉に詰まったが、その続きはレオナルトが言う。


「エナン家の三男、レオナルト・エナンです。本日はシーナ様のパートナーとして参りました」


 レオナルトの台詞に、シーナはぎょっとする。果てそら2ではレオナルトの家名は出ていなかったから知らなかったが、家名があるということは、レオナルトは貴族だということだ。三男だから爵位を継ぐことはないだろうが、そんなことよりも、ここであえてパートナーと告げるのは、まるで恋人宣言みたいで、シーナは焦る。


「お初にお目にかかる。アレックス・ウォルトンだ。……失礼だが、シーナとはどういった関係だ?」


「あっあの」


「シーナ様とは家族になると誓いあった仲です」


 しれっとした答えに、シーナもアレックスも、周りで聞き耳をたてていた人々でさえも固まる。


「昨夜、私がシーナ様の故郷に一緒に帰って家族になりたいと伝えたところ、シーナ様は快諾してくださいました。今日のパートナーも一緒に行くことを快諾してくださって……」


「あっあーっレオナルト、私ちょっと疲れたから、夜風にあたりに行きたいな! アレックスごめんなさい、失礼しますね!」


 これ以上誤解を招くことを言われてなるものかと、シーナはレオナルトの腕をぐいぐいと引っ張って、固まったままのアレックスから離れていく。


「どうしたんですか、シーナ様」


 猛然と歩くシーナが引っ張るのに任せて歩きながら、上機嫌な声のレオナルトである。会場の人の目線を集めていることを判りながら、シーナはテラスに出ると、聞き耳を立てられないように扉を閉めてしまう。テラスへ続くガラスドアにはレースカーテンがかかっているから、会場の中からはこちらの様子をしっかりと見通すことはできないだろう。それを確認してシーナはようやくレオナルトの腕を離した。


「な、なんであんなこと言うの」


 振り返ったシーナの顔は真っ赤だ。対するレオナルトは、会場からの逆光とテラスの暗さで、顔色は判らないが微笑んでいるのだけは判る。


「あんなこととは?」


「その……家族になる仲、って……」


「事実でしょう? 昨日約束してくださったではないですか」


「あ、あれは! あれはナールと約束した話で……!」


 妹になってくれるんだと思って快諾したことであり、最推しが結婚を申し込んでいるのだとは思っていなかったのだ。


 そのシーナの主張に、レオナルトは一歩進み出る。それに圧されてシーナが一歩後退りしたが、テラスの手すりに腰が触れて、そのまま止まる。


「ナールも私です」


 レオナルトがもう一歩前に出て、そのままシーナの両脇のテラスの手すりに手を置いて、腕の中に閉じ込める。触れられてはいないが、少し腕を動かすだけで、抱きしめられてしまうような体勢だ。


「……ああ。やはり、元の身体はいいですね。貴女を簡単に私の腕に閉じ込められる」


 至近距離にきたレオナルトの顔は微笑んでいるのは変わらないが、ほんの少しだけ、頬が上気しているのが見て取れる。恥ずかしい状況だったが、レオナルトの目が何となく憂いを帯びているようで、シーナは羞恥よりもその様子の方が気になってしまう。


「レオナルト?」


「シーナ様が抱きしめてくださっていた時、私は何度、貴女を自分の腕で抱きしめ返せたらいいと思ったか判りません。呪いのある身でも、貴女は私に好意を向けてくれた。私はそんな貴女に惹かれたのです。だから、家族になりたいと思った」


 レオナルトの手が、するりとシーナの頬を撫でる。


「確かにシーナ様はナールと家族になると約束してくださいました。私自身の身上を明かさずに騙し打ちをしたのは謝ります。けれど、私はどうしても貴女の傍にいたいのです。……やはり、ナールではない私が、貴女の傍にいるのはだめですか?」


 すがるように、紫の目が揺れてシーナを見つめている。上目遣いでこそないが、これは昨夜の繰り返しではないか。昨日は可愛かったが、今は色気が凄い。


「うぅ……」


 レオナルトとは果てそら2のストーリーを追いながら、段階を経て仲良くなるつもりだった。中身がナールだと判っていて、よくよく考えれば喋り方とかも全くもってナールとレオナルトは同じなのだが、レオナルトの見た目の刺激がどうにも強すぎるのだ。


「ナールが私で、幻滅しましたか? シーナ様と家族になるのは無理でしょうか」


「っそんなわけないよ! 嬉しいよ! ただ戸惑ってるだけ!」


 ふいっと目を逸らされて、つい力いっぱい否定してしまうシーナである。途端に、レオナルトは笑顔になった。


「そうですよね」


「んんっ?」


 手すりに下ろされていたもう片方の腕が、シーナの腰に回される。先ほどまでのしおらしい態

度はどこへ飛んだのか、ふてぶてしい態度である。


「毎日のように『レオナルト様』の好きなところを、私本人に教えてくださっていましたからね、もちろん知ってましたよ」


「でも、さっき嫌いって」


「往生際が悪いので、口に出して認めていただこうかと思いまして」


「ず、ずるくない?」


 シーナの言葉に、レオナルトは面白いものを見るような目つきになって、顔を近づける。


「ずるいのはどちらです? ナールが私でなければ、夢で見た私の情報を私に知らせることなく、私を口説くつもりだったのでしょう?」


「それは……」


 図星だから言い訳ができない。


「いいんですよ。どの道、シーナ様と結ばれることには間違いないんですから。だから早く、私のこの姿に慣れてください」


「それって、んぐっ」


 文句を言いそうになった口を、レオナルトの口が塞ぐ。これで通算三度目のキスだ。


「シーナ様?」


 唇は離れたが、紫の瞳が依然として近い。レオナルトの見た目に戸惑っているだけだということを、彼は判っていて、シーナをからかって手のひらで転がしている。これでは攻略されているのはレオナルトではなく、シーナのほうだ。自分から愛情表現をするのは平気でも、その逆は全く免疫がないのもきっと筒抜けなのだろう。


「……やっぱりずるい……」


「シーナ様ほどではないです」


 言いながら唇が近づいてくるのを、シーナは目を閉じて受け入れたのだった。

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続編の推し攻略に備えてまずは友情エンドを目指したのですが かべうち右近 @kabeuchiukon

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