それは、どこかの誰かのお話
そうして、自らの野心により民から敬愛されていた退魔の姫を失った王は、騎士に唆された姫が身投げしたと公表した。
全ての責任は姫付きだった騎士だと言わんばかりの言いぶりに、一人残された姫付きの侍女は叫び続けたという。
『姫様が身投げしたのは全て王達の身勝手のせいだ』
『ありもしない手紙を捏造し、無理矢理婚姻させようとした挙句、姫様と騎士様の名誉を傷付けている』
『姫様を殺したのは王と王に味方した全ての者だ』『見て見ぬフリをした全ての者だ』
『姫様を殺したのはお前達だ』と。
狂気が滲む叫びは昼夜を問わず王都中に響き、眠る事も許されない人々は聖女に助けを求めた。
けれど聖女は侍女を止める事はなく、ただ共に嘆き悲しんだ。
『彼女がいなければ世界は救われていませんでした』
『私達を守り、支え、助けてくださった気高き王女様』
『どうして彼女がこんな目に遭わなければならないのでしょうか』
『どうして彼女を守り続けた騎士が侮辱されねばならないのでしょうか』
『私には、私達には彼女を止める権利など無いのです』と。
王女を死に追い詰めた王は失脚し、王と共に王女を追い詰めた第一王子も国民の反発を受け廃嫡。
王女と婚姻を結ぶ予定だった隣国の王子は逃げるように国へと帰った。
その後、王女を助けようとしていた第二王子が王位に付く事となり、退魔の姫と忠義の騎士の葬儀は丁重に執り行われた。
そうして主と友の名誉を取り戻した侍女は、二人の葬儀を見届けたある日、ふと「二人のために祈りを捧げ続ける」と言い残し、姿を消したのだった。
──数ヵ月後、とある国のとある町の片隅のとある家。
ふと気配を感じて窓を見れば、何やら駆け足で帰ってくる姿が視界に入る。
焦った様子ではないから厄介事ではないだろうと当たりを付けて、作業の手を止め、持っていた魔石を机に置いて立ち上がった。
「奥様ー! ただいま戻りましたー!」
「おかえりなさいアーリア。随分嬉しそうだけれど、良い事でもあったの?」
「はい! こちらをご覧ください! やっと手に入れたんです!」
外に出てご機嫌なアーリアを迎え入れてやると、アーリアは満面の笑みを浮かべて買い物かごの中から分厚い本が取り出す。
見れば最近町の女性達も話題に挙げていた物語のようだ。
中々手に入らない物だと聞いていたけれど、今日町に訪れた商人が仕入れていたのだろう。
運良く最後の一冊を手に入れられたのだと語るアーリアは心から嬉しそうで微笑ましい。
けれど、確かこれは国の策略に翻弄された王女と騎士の恋を綴った悲劇の物語なのだったか。
身に覚えのある設定と、自分達と似た特徴を持つ王女と騎士が描かれた表紙に思わず苦笑いが零れてしまう。
「別に、貴女は知っているでしょうに」
「知ってるからこそ、間違った事を書いてたら抗議しないといけませんから」
どうやら根も葉もない噂を立てられたり、捏造されたのを相当根に持っているようだ。
きっと数日はあの本に掛かりきりになるだろうから、落ち着くまでしばらく彼と二人で家事や仕事をこなすとしようか。
意気揚々と買い物かごの中身を整理しに奥へと入っていくアーリアを見送れば、丁度彼も帰って来たようだ。
今日も無傷で終えたらしく、出かけた時と変わらぬ姿で我が家へ続く道を歩いている彼と目が合うと、彼もまた駆け足で帰って来た。
「姫──」
「あらヒュース、その呼び方はダメと言ったでしょう?」
「……自分、あぁいや、その、俺にとって、貴女は貴女なので……やはり」
「いけない人ね。そんなに私を困らせたいの?」
「そ、そんなわけでは」
私の元へと駆け寄りながら、つい前の呼び方をしてしまったヒュースを咎める。
癖でそう呼んでしまうのはわかるけれど、もうその呼び方を止めるよう言ってから何ヵ月も経っている。
誰かに聞かれて追及されたところでどうもしないが、アーリアのように早く新しい呼び方に慣れて欲しいものだ。
「ほら、早く呼んで頂戴な。私、貴方の声で呼ばれるのが好きなのよ?」
「う……その……」
「呼んでくれないなら貴方が恥ずかしがる呼び方をするわよ? ねぇ、旦那様?」
催促しても中々呼ぼうとしないヒュースに詰め寄り、視線を逸らせないよう頬に手を添えてやれば、指に嵌る銀の指輪が太陽の光を受けて輝く。
呼ぶのにも慣れなければ、呼ばれるのも慣れないらしい。
騎士ではない新しい在り方で呼んでやれば、ヒュースは顔を赤らめて困ったように眉を下げた。
「それはおやめください……フェリ」
「はい、よくできました。
でも早く慣れてもらわないと困るわ。私達はもうごく普通の夫婦なんだから、ね?」
たどたどしくもどうにか呼べたヒュースににっこりと微笑んでやる。
そう、私達はもう姫と騎士ではなく、夫婦としてこれからを歩んでいく。
二人で決めて、アーリアにも誓いを見届けてもらったのに、当の本人が名前を呼ぶのも一苦労だなんておかしな話だ。
そんな事は本人が一番わかっているのだろう。
頬を包む手に自分の手を重ねたヒュースは、苦笑いを零しながら頷いた。
「……はい、フェリ様」
「残念、様付けも駄目よ」
「……慣れるまでご容赦ください……」
努力しているのはわかるけれど、まだまだ先は長いだろう様子にくすくすと笑ってしまう。
ヒュースが私の名前を呼ぶのに慣れるまで、どれだけ時間が掛かるだろうか。
遠くても良い、近くても良い未来を楽しみに、私達は寄り添い笑い合う。
──そうして物語は終わりを迎え、姫だった誰かは大切な人達と共に生きていくのでした。
それは、退魔の姫の物語 空桜歌 @kuouka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます