最終幕 これだから異世界生活はやめられない!

「ちょっと!フィデスさーん!?私、この間めっちゃヒロインモードで“聞いて!私ねっ!!”ってカッコつけて覚悟決めちゃったんですよ!」


 あぁぁ……と頭を抱え畳に突っ伏して嘆く御神姫みこひめ鬼王きおうが気遣いながら、優しく頭を撫でてなぐさめる。

 悲嘆に暮れる御神姫の叫びを誰にも止められないし、誰も責めることはできない。

 悲嘆に暮れる御神姫、それは致し方ない。

 なぜなら、あんなにもかっこよく決めた行動、せっかくの名シーンと言っても過言ではない場面。

 乙女ゲームなら、完全にヒロインのスチルになっているだろうキメのシーン。

 それら全てが今の御神姫にとって、ただの黒歴史になってしまったのだから。

 それは、もう、しかたない。

 ひとえにすれ違いとしか言いようがない。

 ヒノモトとフィオーレ王国。

 遠く離れた場所で2人は、フィオーレ王国の平和という大きな目標のために動いていた。

 御神姫は新たな物語に進むため、意を決して、ヒノモトとフィオーレ王国、どちらも悲しい結末にならないように精一杯手を尽くし、フィオーレ王国に向かう準備を進めた。

 一方、フィデスはいまだ、白き乙女が暗澹あんたん彼奴きゃつらと手を組んだヒノモトにさらわれた、という勘違いをしている。

 そのため、必要以上の並々ならぬ思いを背負い、並の人間では耐えられないほどの物凄い覚悟と犠牲をはらい、白き乙女の救出のため、強くなろうとしていた。

 両者ともに頑張った、いや、現在進行系で頑張っている。

 しかし今のところは、絶望的なすれ違いの結果、いつかのルインの言葉を借りて言うなら「誰も幸福にならない修羅の道」になってしまっている。

 フィオーレ王国を救うという目標を掲げ、お互い同じ方向を目指し見ているというのに。

 お互いが何も話し合わず、互いのためだと行動したことにより、てんでばらばらの方に歩みを進めてしまった。

 いついかなる時も、この異世界ですら、報・連・相は大事なことをなのだと痛感する。

 報告、連絡、相談はきちんとおこなった方がいい。

 そうでないと、御神姫やフィデスのように、大事な名シーンが簡単に、黒歴史に様変さまがわってしまうから。

 まぁ、彼女たちの場合、電話も飛行機もない異世界で、簡単に話し合うこともできなかったから、致し方ないとしか言いようがない。


「わりぃなぁ……俺の妖術ようじゅつでお前を大陸まで連れていけたらいいんだろうが、見たことも行ったこともない場所だと難しいんだ。どこにお前を送ってやりゃいいかわかんねぇからな。やってみてもいいけど、下手したら海のど真ん中に落としちまうかも」


「やらなくていい……気持ちだけありがたく頂いとく……」


 突っ伏したまま、御神姫は丁重ていちょうにお断りした。

 そう、インベの使う陰陽術おんみょうじゅつや鬼の一門いちもんほどこす妖術にもある程度の縛りや限界がある。

 インベや鬼王はその縛りや限界をかなり超えた術者だが、それでも何か術を成す場合には相応の知識と時間を要する。


「だから……フィデスさんの転移魔術てんいまじゅつとやらで連れて行ってもらう予定だったのに……なんか全然来てくれなくなっちゃんたんですけど」


 御神姫はフィオーレ王国に向かうため、ラスたちに色々と話を聞いて安全に、かつ素早く移動できる手段を模索した。

 そして、ヒノモトの人にも相談した結果、再びフィデスが来た時に転移魔術で連れて行ってもらう、という答えに至ったのだ。

 ヒノモトとしては、すごく難色なんしょくだったけれど、御神姫の度重なる説得と鬼王たちの口添えによって、かなり渋々ではあったが納得した。

 海に出て危ない目に遭うよりは、まだいいだろうと許してもらった手前、海にドボンする可能性がある鬼王の妖術には頼れない。

 おそらく、今からやっぱり海から正攻法せいこうほうでフィオーレ王国に向かうと言っても却下されるだろう。

 つまり、御神姫たちはこのヒノモトでフィデスの迎えを待つ他ないのだ。

 今こそ、お迎えにあがるべきフィデスは現在、聖堂にてボロボロになっているためそれも叶わず。

 フィオーレ王国救出作戦は未だ全く進展せず、今に至っている。


「祭りの前までは、毎日のように来てたらしいんだけどなぁ。今はなんの匂いもしないって」


 鬼の一門であるキラは匂いに敏感で、フィデスの気配を誰よりいち早く察知していた。

 そんな彼が、全く匂いがしないと言っていたことを鬼王は、申し訳無さそうな表情で御神姫に伝える。


「……了解」


 御神姫の返事とほぼ同時に、シンジたちとの話を終えたヤマトが彼女たちのいる部屋に入ってきた。

 彼は打ちひしがれる御神姫を気遣い、すぐ彼女のために甘いお菓子と温かいお茶の用意にとりかかる。


「もう、フィオーレ王国もフィデスとかいう山賊さんぞくもなかったことにしませんか?」


 ヤマトがお茶を汲みながら、嘆く御神姫に笑顔で提案した。


「し・な・い・よぉ……!!」


 清々しい彼とは対象的な御神姫は、力なく項垂うなだれながらも、最後の力を振り絞るようにしっかりとした声で答えた。

 最良の提案だと思うんですけど、とぼやくヤマトにツッコむ気力もなく、彼女はただたたみとにらめっこしていた。


 御神姫が手に持っていた菓子の最後の一口を、自身の口の中に放って、ゆっくりと噛み締め、強く飲み込んでから言った。


「やっぱり、ただ待ってるだけっていうのも性に合わないので色々試したいと思います!!」


 ヤマトのお茶とお菓子を食べて、落ち込みきった心に少々の活力を得た御神姫は、目の前の2人に向かって、強く宣言した。


「なるほど。……具体的にはどうするんだ?」


 鬼王が、ヤマトに淹れてもらえず自身で淹れたお茶を啜りながら、ちらりと御神姫を見やり、たずねる。


「まず、もう一回シンジさんたちに船を出してもらえないか聞く!!」


「それは……」


 ヤマトが何か言葉を紡ぐ前に、御神姫はすぐ近くのシンジたちがいる部屋に駆け込んだ。


「ダメです」

「ダメだ」


 にべもなく、シンジとクサナギに却下されて、御神姫は部屋に戻ってきた。


「すみません、御神姫。御神姫のため、シンジ殿たちには何度か私も掛け合ってまして。……お部屋から出る前にお伝えしようと思ったのですが、その時にはもう……申し訳ありません……」


 しょんぼりとした御神姫の様子から、シンジたちの対応を察したヤマトが申し訳無さそうに言う。


「ううん、話を聞かなかった私が悪いから謝らないで……。シンジさんたちと話した後、ホオ……帝にも一応聞いてみたけど瞬殺しゅんさつだっただけだから……」


 とぼとぼと歩いてくる御神姫に、ヤマトも鬼王もかける言葉がない。

 あぁぁぁぁ……と言葉にならない声が漏れるだけ。

 もう、お労しくて見ていられないと嘆くヤマトと、頭を抱えることしかできない鬼王。

 御神姫はぷるぷると唇を震わせながら座り、無言のまま、もう冷めきったお茶の湯呑みに口をつけた。


「あ、今、温かいお茶を淹れますからねぇ!」


 ヤマトが、急いで御神姫から湯呑みを奪うように受け取り、温かいお茶に淹れなおす。

 お茶で一息つきながら、御神姫がおもむろに呟く。


「ルインに、お願いしに行ったら頭ぐしゃりされるかなぁ?」


「いや、お前はされないと思うぞ」


「じゃぁ……!」


「多分許可出した俺がぐしゃりされるだけで」


「却下だね!」


 平然とお茶を啜りながら答える鬼王に、御神姫が元気よく言葉を返す。

 その後、ならばと御神姫が違う男の名前をだす。


「ヤタカさんにお願いしたら怒られるかなぁ?」


「いえ、御神姫は怒られないと思いますよ」


「じゃぁ……!」


 デジャブかな?と御神姫が思うより先に、ヤマトがお茶を啜りながら答える。


「八つ当たりでヒノモト中を大暴れするだけで」


「やっぱり却下だね!!」


 御神姫が再び元気よく言葉を返した。

 全く名案が浮かぶ気配すらないまま、時間だけが過ぎていく。


 ところわって、ヤマトの所有する屋敷にて、ラスとキラが一つの部屋のふすまに向かって、声をかける。


「主ぃ、御神姫サマぁ?おーい、いないのぉ?全然、返事がない……キラ、この部屋で間違えないよね?」


「そのはずだけど、入るぞ?」


 ラスとキラが、ヤマトの所有する屋敷にある御神姫の部屋の前で立ち尽くす。

 2人は御神姫に呼ばれてここまで足を運んだ。

 ヒノモトで唯一フィオーレ王国に詳しいラスと、気配に関しては敏感で誰より早くフィデスの来訪に気づけるキラ。

 もう一度、この2人に話を聞こうと思った御神姫が自室にくるようにお願いした。

 しかし、当の本人はまだ帰宅しておらず、キラが御神姫の部屋の襖を開けた時には、そこはがらんとした無人の室内が広がっていた。


「女性の部屋を勝手に開けるのはだめじゃない?」


 ラスが呆れたようにキラに言う。


「いや、でも声かけただろ?」


「聞こえてないだけで、着替え中だったらどうすんのさ?……もしかしてそれが狙い?」


「ば……!ちげぇよっ!!そうじゃ……」


 ラスの指摘に顔を赤らめたキラが慌てて、扉を閉める。


「本当かなぁ?もしかして、キラってお年頃ぉ?」


「てめぇ、からかうのも大概たいがいに!……っと!あぶねぇ」


 ラスの胸ぐらに掴みかかったキラがバランスを崩して、そのままラスの胸に飛び込む形になった。

 その勢いのせいでラスの着物が少々、はだける。


「キラのエッチィ☆」


「っちげぇ!!もとはと言えば、てめぇが、いかがわしいことを」


「え?その辺もっと詳しく教えて?」


 突然降り注いだ御神姫の明るい声に2人は、弾かれたように振り返る。

 イチャイチャしている空気を察して急いで帰ってきたけど、ちょっと遅かったかな?と御神姫は落胆らくたんのため息を吐いた。

 御神姫の憂いを帯びた嘆息たんそくに、ラスとキラは目を見合わす。

 何かよっぽどのことがあったのではないか、そう思った2人は、どうぞ入って!と御神姫に促された部屋の中で、とても真剣に彼女の話を聞いた。


「あの王子サマが来ないから、フィオーレ王国に行けないってことかぁ。……あんな偉そうなこと言ってたのに何やってんだろうねぇ?」


 ラスが呆れたように首を小さく横に振った。


「俺も毎日気にしてるけど、匂いもしねぇ……必要って時にいねぇんじゃ、あの王子様とやらも世話ねぇなぁ……」


 キラは顔をしかめて言い捨てる。

 2人の話を、同じく御神姫に呼ばれたインベが興味深そうに聞いている。


「どうですか?陰陽師のインベさんからの視点から見て、なんかいい方法、浮かびそうですか?」


 御神姫の帰りが遅れた理由はここにあった。

 彼女は帰り、インベに会うため陰陽寮おんみょうりょうに立ち寄っていた。

 そして、最大限の土下座をする勢いで


「もうここしか頼る場所がないんです!」


 そう言って泣きついてきた御神姫に、インベは二つ返事で協力を承諾した。

 詳しくフィオーレ王国のことや魔術についてを一通りラスから聞いたインベが、徐ろに口を開く。


「私の陰陽術や鬼の一門が使用する妖術では、海を越え大陸には行けないから、大陸の人間が使う魔術が必要なんですよね?ならば、フィオーレ王国出身のラス殿は魔術を使えないのですか?」


 インベにたずねられたラスは、少し悩んでから答える。


「魔術は使えないわけじゃないよ?転移魔術でフィオーレ王国に行くのは超簡単☆」


「え!?本当に!?」


「うん。でもね~、主の妖術と違って転移魔術って本人が移動するものなんだ。もちろん同行させることはできるけど、御神姫と僕でフィオーレ王国に一緒に行くことになる」


「え?いいじゃん!ラス、一緒に……」


「でも僕は人間じゃなくて、フィオーレ王国では彼らと敵対する悪魔で……あっちでは暗澹あんたん彼奴きゃつらって呼ばれてる種族なんだ」


「……フィオーレ王国に行くと、ラスがイジメられるの?」


 初めて明かされるラスの生態にも御神姫は普通に聞いていたが、憂いを帯びた彼の瞳に、彼女は初めて顔を顰めた。

 彼にではなく、これから向かう大陸に向かって。


「うーん、イジメられるっていうか……僕は悪魔だから、すごく魔力も膨大な量を溜め込めるの。このヒノモトでは調整してるから安定してるけど……」


「すごいねぇ……安定?」


「フィオーレ王国に戻ると、急に調整はできないから、またたく間に僕の魔力が完全補充されて……」


「フルチャージすると暴走でもするの?」


「僕は色欲しきよくつかさどる悪魔だから」


「そうなの?」


「(自主規制アッハンウッフン、ワーオ)な展開になって」


「あばばばばばば」


「男女問わず獣みたいになって、僕の魔力の影響で最終的に人間は確実に、ほぼ一瞬で老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、子をはらむけどいい?」


 いいわけないのである。

 最初はラスの生い立ちからはじまった着地点がまさかの発言で、御神姫は力いっぱいラスの肩に手を置いて言った。


「ラスはお留守番しとこうねぇ!!」


「だよねぇ……☆」


「変な提案してしまいすみません……」


 インベが頭を下げて深く深く詫びた。

 横で鬼王も「うちのがすみません」って言いながら、頭を下げていた。


 結果、進展も見られないまま一同は、お茶とお菓子を出したヤマトによって、ただのお茶会になった。

 楽しくおしゃべりしていると、キラがラスに何気なく尋ねる。


「その適応魔術てきおうまじゅつやら転移魔術ってどうやるんだ?」


 聞かれたラスが魔力を込めずに、簡単に詠唱えいしょうをしてみせた。

 興味深そうにキラがそれを復唱する。

 誰も悪くなかった。

 ただそこには、知る者と知らぬ者がいただけ。

 ラスはキラの生い立ちを知らず、キラ自身ですら自身のことを覚えていなかった。

 御神姫も詳しいことは聞いておらず、暴走しようとするヤマトを止めたり、インベと先日見た陰陽術でできた虎について話に花を咲かせていた。

 唯一キラの生い立ちを知る鬼王すら、御神姫との談笑とヤマトをいさめることに夢中で、鬼の一門の2人の行動にまで目が行き届いていなかった。

 誰にも止められず、キラの中に眠っていた魔力は、詠唱により魔術を発動させた。

 突然、室内が光り輝き、部屋中を包み込む。

 その光に警戒し、皆が御神姫のそばに駆け寄ったが時すでに遅し。

 光が落ち着いた時には、咄嗟に魔術で打ち消したことで自身だけが取り残されたラスだけが、がらんとした部屋に座っていた。


「え?ちょ、御神姫サマ?主?キラ?みんな……なんで?」


 一瞬呆然としてしまったラスは大慌てで、事態を報告するために鬼の一門の里にいる鬼王の腹心のもとに向かった。


「なんて言うことでしょう……」


 全てを把握した鬼王の腹心はそう、一言呟いて頭を抱えた。


 さらところわり、フィオーレ王国城内奥おうこくじょうないおくにある聖堂。

 突然の光に包まれていた聖堂も、徐々にいつもの静けさを取り戻しつつあった。


「白き乙女?……なぜ、ここに?」


 目を見張りそれ以上は言葉にならないフィオーレ王国の未来の王に、白き乙女は呟く。

 キラが自身でも知らずに唱えた適応魔術の効果のおかげか、フィデスの言葉はヒノモトからの旅人たちにも容易に伝わった。


「なんででしょうね?……とりあえず、きちんと、一から十まで、説明してもらっていいかなぁ?鬼王?」


 にこやかな笑みのまま御神姫は、自身の下に倒れている仲間たちの中から一番下にいた鬼王に尋ねる。


「ごめんなさい……ちゃんと説明するから、どいてもらっていいか?」


 下の方から微かに聞こえる声に、一同はため息を吐いた。


「ここはどこなんだよ?」


 魔術を発動させた本人は被害者面ひがいしゃづらだ。


「おやおや、ここでも陰陽術が効くといいんですけど」


 ヒノモト随一の陰陽師はこんな状況でも動じない。


「おや、いつぞやの。私の御神姫を狙った罪人じゃないですか……」


御神姫の近侍は忌々しそうに眉を顰める。


「「「「おまえのじゃない!!」」」」


 フィデスも混ざって声を揃えてツッコんだ。

 とどのつまりは、第二章の始まりは突然始まったというわけで。

 舞台はフィオーレ王国、降り立ったのは白き乙女。

 新たなる物語が動き出す。


――これだから異世界生活はやめられない!



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これだから異世界生活はやめられない! うめもも さくら @716sakura87

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